これまでの人事評価制度ではうまく回らないと感じている企業の増加が、ノーレイティングが注目される背景にあると考えられています。ノーレイティングによる評価は、目標設定やフィードバックをリアルタイムで行うことを重視している点で、従来型の評価手法と大きく異なります。
ノーレイティングに対して、従来型の社員をランク付けする評価方法を「レイティング」と呼びます。現在も多くの企業が採用しているレイティングですが、社員の成長やモチベーションにかかわる、以下の4つの課題があると長らく指摘されてきました。ノーレイティングが開発されたのは、レイティングの抱える課題を解決するためです。
ここでは、レイティングの課題点をご紹介します。
レイティングは、画一的な評価基準をベースに、相対的な評価を行うことが一般的です。しかしこのやり方には、既存の考え方にとらわれない新しい手法を編み出して業績を上げた社員など、「尖った」個性を持つ人材が評価されにくいという弱点があります。
自分の能力が適切に評価されていないと感じた社員は不満を抱え、高く評価してくれる他の企業に転職していく懸念も考えられます。
評価方法にレイティングを採用した場合、たとえば最上位のAから最下位のEまでの5段階評価だとします。各評価は人数比での分布となるため、多くは中間のB~C評価が付くことになります。全体の中で「普通程度」と評価される社員が多数いる環境となるのが難点です。
普通程度と評価されることでは、社員が自社からどれだけ期待されているかもわかりにくく、モチベーションが上がらないという悪循環に陥りかねません。組織としての生産性も上がりにくくなり、企業活動の停滞を招く危険性もあります。
レイティングは、評価対象者のグループ内での順位付けにほかなりません。個人がいかに努力してもグループ内での順位は上げられず、高い評価も得られない可能性があります。努力や成果が反映されない人事評価には納得感が得られず、人によってはマイナス思考に陥り、成長できなくなってしまうことも懸念点です。
マイナス思考に陥った社員が上司からの評価を気にしすぎたり、同僚を批判したりといった行動に出ると、全体のパフォーマンスが低下し、組織運営そのものにも問題をきたす心配があります。
原則として、レイティングは半期や年度といった時間的な区切りで、その期間の業績を評価する仕組みです。そのため、どうしても評価がワンテンポ遅れることになります。「技術革新が速く、外的環境も目まぐるしく変動している現代にはマッチしない制度」と指摘されることもあるのはそのためです。
若手の社員は、SNSなどリアルタイムでのコミュニケーションに慣れ親しんでいます。リアルタイムに評価されないことで、現在の自分を評価してもらえないとの不満を持つ社員が増えることも懸念材料です。
この項では、ノーレイティングのメリットについて具体的にみていきます。
ノーレイティングの最大の特徴は、環境変化に迅速に対応できることです。災害や地政学的な状況、景気変動など、現代のビジネスを取り巻く環境は変化のスピードが速く、振れ幅も大きくなっています。企業および社員も、こうした時代に迅速な対応をとる必要に迫られています。
目標設定や評価基準を柔軟に切り替えられるノーレイティングは、時代に合ったシステムといえるのです。市場環境の変化に素早く対処できることは、競合する他社との競争力の面でも、差別化が図れる利点となります。
ノーレイティングでは、目標設定から評価に至るまで、業務と並行しながら上司と部下が密にすり合わせを行います。上司も部下も評価に対して納得感が高まるとされているのはそのためです。評価に対する納得感があれば、社員のモチベーション向上という副次的効果も期待できます。
評価する側の立場で考えると、従来型の評価方法では、一定の割合で低評価を付けなければならずに頭を悩ませる事例もあったと思われます。ランク付けではないノーレイティングであれば、高い評価を付けるべき社員には相応の評価を付けることが可能です。
ノーレイティングが従来型の評価と決定的に異なるのは、画一的な基準に当てはめるのではなく、個々人の状況に合わせて目標設定と評価が行うことができる点です。近年、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、在宅勤務やリモートワークが浸透し、短時間労働や時差通勤なども含めた働き方の多様化が急速に進展しています。
ノーレイティングはこれらの状況変化に対応でき、一人ひとりに合った評価が行えるのが利点の一つです。
ノーレイティングは上司と部下が随時面談し、その時々で目標設定をし評価を下していく手法です。そのため、上司と部下とのコミュニケーション活性化が期待されます。従来型の評価方法では、四半期や半期ごとに面接日が設定されるといったやり方が一般的でしたが、ノーレイティングでは面接日の設定などはありません。
ノーレイティングは、日常的な業務の中で目標設定からフィードバックまでがなされる仕組みとなっており、上司と部下との綿密なコミュニケーションが醸成されやすいのです。
この項では、ノーレイティング導入のデメリットについてまとめました。
ノーレイティングを採用すると、上司は部下とこまめに面談を行い、毎回しっかりと話を聞いてフィードバックを行う必要があります。部下が多い上司になるほど面談は頻回になり、負担は増加していきます。
従来型のレイティングでは、画一的な基準にもとづいて評価を下していましたが、ノーレイティングには決まりきった評価項目があるわけではありません。ノーレイティングは、レイティングとは比較にならないほど、手間と時間がかかる評価方法です。
レイティングによる評価と異なり、定まった評価項目がないのがノーレイティングの特徴ですが、これも上司の負担を大きくする要因となります。上司の側が高いマネジメント能力を持っていないと、適切な評価が下せず、部下に不信感を持たれるなどの問題が生じかねません。
企業側には、管理職階層へのマネジメント研修を行うなど、ノーレイティングを評価として機能させるための基盤整備が求められます。
環境変化に素早く対応し、目標設定を柔軟に変えていけるのがノーレイティングのメリットですが、目標が短期間で変化を繰り返すなどにより、現場が混乱する可能性も指摘されています。現場の混乱は、上司が日々コミュニケーションを取ることで解消していく必要があり、これもまた上司のマネジメント能力が問われる事案といえます。
ノーレイティングは比較的新しい人事評価の手法であるため、導入には適さない企業もあります。伝統的な大企業で、レイティングによる人事評価が強固に構築されている場合などが該当します。成果によって処遇を決めたい企業なら、採るべき評価方法はレイティングです。
変化への迅速な対応が求められない業態や業種、少人数で経営していて頻繁な面談の時間が取れない企業なども、ノーレイティングが適さない事例といえます。
ノーレイティングの導入が最初に進んだアメリカの企業では、給与の振り分けが上司に一任されている例が多いとされます。給与総額を予算化し、その分配を上司に一任しているのです。レイティングによる人事評価であれば、Aランクの社員はこのくらい昇給させる、といった基準を設定できます。一方、ノーレイティングではそもそもランク付けがないため、上司の裁量に委ねるほかありません。
上司の裁量で給与を決めるため、上司はすべての部下について業務の状況や抱える課題などをしっかり把握していることが前提となります。もちろん、上司が好き勝手に原資を配分するのではなく、企業ごとに調整ルールを設けるのが一般的です。
ノーレイティングを導入する日本企業がまだ少ない背景には、上司の裁量で給与を決める仕組みに及び腰になるケースが多いためともいわれています。
給与の決め方とは異なり、昇進や昇格の決め方については、ノーレイティングでも従来型の手法と変わりありません。社員を総合的に評価し、一段上の業務を担当させるのに必要なスキルやリーダーシップが備わっていると判断されれば、昇進・昇格させるというやり方です。
企業によっては、昇進についても上司に決定権がある場合もあり、昇進の決め方は個社の事情が影響していると考えられます。上司・経営層・人事部の担当者らで、社員それぞれの強みやキャリアプランなどから人材開発の方針を話し合う「タレントレビュー」という方法が採られることもあります。
ノーレイティングは日本ではあまりなじみのない制度であるため、導入には丁寧に段階を踏んだ作業と説明が必要になります。
ノーレイティングを導入する前に、現在の自社の人事評価制度を見直し、課題の洗い出しを行うことが不可欠です。現在の制度にどのような課題があるかがわかったら、原因を分析し、解決法を検討します。
課題解決策としてノーレイティングの導入がふさわしいとの結論が得られたなら、導入に向けて本格的な議論を進めていきましょう。
ノーレイティングを導入すれば、上司と部下が頻繁にやり取りを交わし、目標設定やフィードバックの連続を経て人事評価がなされることになります。このやり方が機能するためには、上司と部下の間に信頼関係が構築されていなければなりません。
上司の立場であれば、ノーレイティングの導入前から、日常業務の中で対話の機会を増やすなど、部下との信頼関係を構築するよう努力が求められます。
評価者となる上司は、従来型のレイティングによる人事評価に慣れているケースがほとんどです。ノーレイティングは、これまでの人事評価のやり方とは大きく異なり、上司の側からすれば手間も時間も増えるでしょう。
ノーレイティングを成功させるには、上司が役割を果たせるかどうかが重要です。導入前に、評価者側の意識改革を促す施策を打つことも検討課題に挙げられます。
意識改革の方法として、制度の全体像から面談の頻度、評価のあり方などまで、詳細にわたる研修を実施することが一案です。
次に検討するのが、具体的なノーレイティングの実施内容です。「面談のやり方や場所はどうするのか」「頻度はどの程度なのか」「評価基準をどう設定するのか」といった細部を詰めていきます。社員の関心も高い人事評価制度が大きく変わる機会であり、いつから本格実施するのか、移行期間を設けるのかといった、時期に関する事項も重要な検討課題です。
ノーレイティングの運用を軌道に乗せるには、上司だけではなく、評価される側の社員が制度を理解していなければなりません。そのため、ノーレイティングの導入前に、社員に対して説明会を開くなどして、評価制度がどう変わるのかや社員にとってのメリットなどを詳細に説明することが必要です。
社員の不安や疑問を解消して、新制度をスムーズに導入できるようにしましょう。
実施内容が決まり、社員の理解と協力が得られたら、いよいよ制度のスタートです。開始してから不具合や課題が明らかになることもあり得るため、問題が発生したら随時修正できるように体制を整えておきましょう。
導入後の運用を円滑に進めるため、企業側には評価者と評価される社員の双方に対して研修の場を用意したり、コミュニケーションを促進させるツールの導入など、サポートの施策が求められます。
この項ではノーレイティングの導入を成功させるためのポイントについて解説します。
ノーレイティングを導入すると、面談やフィードバックを通じて上司と部下の関係性が密になります。これはノーレイティングのメリットでもありますが、評価する上司のマネジメント力が不足していると、部下の成長が抑制されてしまうことも起きかねません。
属人的なマネジメント力に頼っていては、上司によって成果にばらつきが出てしまう可能性もあります。マネジメント力強化のための研修やセミナーなどに評価者を参加させるとともに、結果が伴っているかを検証して実効性を確保しましょう。
ノーレイティングのデメリットとして、上司の負担が増大することが指摘されているのは前述の通りです。上司の負担を軽減させる対策としては、部下との頻回の面談をスムーズに進めるためのコーチング研修や、複数の社員による評価方法である「360度評価」の採用などがあります。
こうした方策の実施により、上司の負担を減らしつつ、部下とのコミュニケーションがより円滑になることが期待できます。
日本ではまだ採用例の少ないノーレイティングですが、環境変化への対応力が高いことや社員のモチベーション向上に役立つことなど、魅力も数多くあります。導入を検討する際は、本記事を参考にじっくり準備をして、効果的な人事評価制度を構築してください。