パラレルキャリアには、自分のしたいことや夢だったことに取り組むことで人生を豊かにできるほか、リスクヘッジとしても有効な面があります。複数の収入源を持つことにより、本業からの収入しかない場合に比べて、リスクヘッジ効果が高まるためです。
最近では、本業を定めずに複数の仕事を掛け持ちしている人や、企業での本業とは別にスキルアップを目的とした副業をしている人など、キャリア形成のあり方は多様化の一途をたどっています。
パラレルキャリアの実践によって獲得された新たな知識や経験が、本業にも好影響を及ぼすことも考えられます。パラレルキャリアは、本業との相乗効果も期待できる活動なのです。
パラレルキャリアと副業は、似た考え方ではありますが、同じではありません。副業は、すでに確立されている自分のキャリアや時間を切り売りすることで、報酬を受け取る行為です。パラレルキャリアは報酬の有無にこだわらず、趣味やボランティア活動などで、本業と並行するキャリアを積み重ねていきます。
パラレルキャリアは必ずしも報酬を伴うものではなく、キャリアアップやスキルアップ、本業では得られない経験などを目的としたものです。副業の目的は、副収入を得ることにあるので、ボランティア活動はパラレルキャリアではありますが、副業の範疇には入りません。
この項では、パラレルキャリアが注目される背景について、以下の4点にまとめて解説しています。
かつての日本の企業社会では、最初に就職した企業に定年まで、正社員として勤めるのが当たり前とされてきました。現在では、同じ1つの企業内でも、正社員のほかに契約社員、派遣社員、アルバイト・パートなど、さまざまなスタイルの雇用形態が混在するようになっています。
政府が旗を振った「働き方改革」により、以前なら称賛された長時間労働は見直しを余儀なくされ、フレックスタイムの導入など柔軟な働き方に舵を切る企業も増えています。新型コロナウイルス感染症の拡大もあって、リモートワークや在宅勤務も広がりました。
入社した企業とのミスマッチや、キャリアアップ志向などから、若いうちから転職を繰り返す人も珍しくなくなりました。企業に雇用されず、個人で契約を結ぶフリーランスという働き方を選択する人も増えています。雇用形態や働き方が多様化すれば、1つのキャリアにこだわらず、複数のキャリアを形成しようとするパラレルキャリアに注目が集まるのは、自然なことといえます。
参照元:厚生労働省「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~」
企業寿命の短命化も、パラレルキャリアが注目される理由の一つです。電機大手の東芝やシャープ、日本の航空業界を代表していた日本航空など、安定した大企業だと思われていたビッグネームでさえ、近年は苦境にあえぐ事例が多く見られます。入社した企業が、定年退職より前に経営破綻してしまい、再就職先探しに奔走しなくてはならないリスクが、多くの人にとって高まりつつあるといえます。
「大企業に就職したから将来は安泰」という意識は、現代では通用しません。不安定な時代に自分を守る意味からも、パラレルキャリアによって新しいワークスタイルを確立したほうがよいと考える人が増えているのは、不思議なことではないでしょう。
多様な働き方に関心が高まっていることと裏表の関係になりますが、終身雇用制度が揺らぎをみせていることが、パラレルキャリアへの関心を高めているといえるでしょう。新卒時から定年退職まで、同一の企業で雇用され続けることを終身雇用と呼びます。日本企業では古くから、主流となってきた慣行です。
終身雇用の歴史をひも解くと、戦前期にさかのぼります。当時は、工場労働者が熟練工になると、より良い条件を求めて職を移るのが普通でした。質の高い労働力が職場に定着せず、採用や人材育成に対する企業の負担が高くなることが問題視されたのが、終身雇用制度の契機だったとされます。
戦後80年近くを経た現在、従業員を完全に雇用して束縛する終身雇用は、制度的な限界を迎えているともいえます。今後は、多くの人がパラレルキャリアを実践し、自ら築き上げたスキルを武器に、個人として企業と業務契約を結ぶようなスタイルが拡大していく可能性もあるでしょう。
厚生労働省は2018年に「副業・兼業に関するガイドライン」を公表し、これまでは企業が禁止していることの多かった副業を、解禁する方向で誘導を始めました。同ガイドラインには、企業の対応として、「原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である」と記されています。
働き方改革の一環として策定された同ガイドラインでは、安全配慮義務や労働時間管理など、安全衛生面での留意点も示されました。こうした動きを受けて、副業を容認する企業が増え、個人でも副業に対する関心や意欲が高まってきています。副業解禁の流れが、パラレルキャリアへの注目を加速させたといえるでしょう。
参照元:厚生労働省「副業・兼業の促進に関する平成30ガイドライン」
一方、自社の従業員のパラレルキャリアを推進する企業には、どのようなメリットがあるのでしょうか。この項では、企業にとってのパラレルキャリアのメリットを5点にまとめました。
本業とは別のパラレルキャリアを持つことで、本業でのストレス解消につながるという利点があります。パラレルキャリアは、必ずしも企業のような組織の中で形成されるものではなく、さまざまな環境で取り組むことができるため、新しい人脈を広げたり利益を生み出したりできる可能性も広がるでしょう。
本業では得られない知識や経験の積み重ねは気分転換にもなり、本業のモチベーション向上などプラスの作用も期待できます。
パラレルキャリアを推進していると公表した企業には、パラレルキャリアの形成を目指す人材の採用がしやすくなる利点があります。
優秀な人材ほど、現状に満足せずスキルアップを心がけるものです。採用した人材が、パラレルキャリアの活用で新しいスキルを獲得したら、それによって自社に貢献してくれる可能性が生まれます。
パラレルキャリアの実践によって、従業員はさまざまな経験を積み、スキルを身につけることができます。企業側から見ると、このスキルアップにはコストがかかりません。業務に関連した知識や技能を自ら学ぶこともあれば、社外での活動を通じてリーダーシップが養成されることもあります。
コストをかけずに人材育成できるメリットがあることから、パラレルキャリアを認めることが、有効な人材育成の選択肢といわれることもあります。
パラレルキャリアを希望する人材の受け入れによって、人手不足の悩みを解消できるとの見方があります。本業のみにとどまらず、さまざまな技能の習得や新しい人脈の開拓に意識の高い、マルチタレントな人材に成長する期待があるためです。
新規プロジェクトの立ち上げなど、社内の人材だけでは実行できない課題に直面した場合も、パラレルキャリアで培ったスキルや経験を基に、問題解決につなげられる可能性があります。
企業がパラレルキャリアを認める姿勢を打ち出せば、パラレルキャリアを志向する既存の人材を、定着させられる効果があります。本業とともに副業を始めたり、育児や介護、資格取得のための学習、趣味やボランティア活動などに時間を割きたかったりしたかったができないでいたといった人に、パラレルキャリア推進の施策は歓迎されるでしょう。
パラレルキャリアを認めないでいれば、これらの人材は他社に流出してしまう可能性があり、企業は大きな痛手を負うことも考えられます。
ここでは、企業におけるパラレルキャリアのデメリットについて、以下の4点にまとめました。
パラレルキャリアのデメリットとして大きなものの一つが、本業に支障をきたす可能性です。パラレルキャリアは、複数の仕事を同時にこなすようなものであり、自己管理やタイムマネジメントがしっかりできていないと破綻しかねません。
パラレルキャリアを行った際にケガをしたり、複数の仕事を掛け持ちすることで体調を崩したりすることも考えられます。パラレルキャリアに時間やリソースを取られて、本業が疎かになってしまうのでは本末転倒です。従業員としては、自己管理を徹底して、本業に支障のないよう注意を払う必要があります。
従業員が複数の企業で就労する場合、自社の情報が持ち出されないよう注意が必要です。本人には漏えいするつもりはなくても、うっかり社内情報を話してしまったりすることもないとはいえません。対策としては、守秘義務契約を結ぶなどが考えられます。
従業員が他社で得た知見を活用して、自社の業績に貢献してくれることも考えられますが、他社との関係でリスクが生じる可能性があります。
パラレルキャリアを通じて、従業員が新しい知識や新しい人脈を得ることにより、「現在の本業よりも自分に向いた仕事があるのではないか」と考えてしまうこともあるでしょう。場合によっては、そのまま転職につながり、貴重な人材が流出する懸念もあります。
パラレルキャリアは従業員の視野を広げ、本業へのモチベーションを高めるなどのメリットがある反面、人材を失う可能性も高めてしまう「両刃の剣」といえます。企業側にとってパラレルキャリアは、ただ推進すればよいというものではなく、慎重なオペレーションが求められる施策です。
従業員にパラレルキャリアからの報酬が発生した場合、副業扱いとなります。副業を禁じている企業であれば、就業規則などの改正が不可欠です。働き方改革の流れを受けて、ある程度の対応は済んでいる企業が多いと考えられますが、副業とパラレルキャリアは同義ではないため、場合によってはさらなる手直しも必要です。
パラレルキャリアで複数の企業で就労するとなると、過重労働への配慮など、従業員の健康管理にも気を配る必要があります。労災や厚生年金保険など社会保険の扱いも複雑になるため、企業の事務コストは増大が避けられません。