内定が出ると、「始期付解約権留保付労働契約」が成立します。これにより入社までに留年が決まったり、健康上の理由で働けなくなったりしたケース以外は、留保された解約権を行使できず、内定を取り消せなくなります。
業績が急に悪化したり、想定よりも内定辞退者が出ないことで全員を採用できなくなったりした場合、内定の取り消しを検討するケースもあるでしょう。しかしいったん出した内定は、企業側から自由に取り消すことはできず、仮に取り消しをした場合には内定者から訴えられるリスクが生じます。
そのため内定を取り消す場合は、必要条件にあてはまっていることを前提としたうえで、適切に手順を踏む必要があります。
参照元:最高裁判所判例集「昭和52(オ)94 雇用関係確認、貸金支払」
やむを得ない状況で内定取り消しを検討する際には、上記に該当するかどうかを慎重に判断することが大切です。それぞれのケースを解説していきます。
企業の業績が悪化した場合は、以下の「整理解雇の4要件」を原則すべて満たせば、内定の取り消しが認められる可能性があります。
内定者が怪我や病気によって、予定していた業務の遂行に支障が生じる場合、企業からの内定取り消しが認められる場合があります。
ただし、怪我や病気の程度については慎重に判断しましょう。就業に差し支えない程度の場合は、内定を取り消すことは容易ではありません。また、内定者から事前に持病や怪我の申告を受け把握していたケースでは、認められないことがほとんどです。
内定者が大学などを卒業できなかった場合も、通常、内定の取り消しは不当な対応とはみなされません。新卒の場合、一般的に大学などを卒業することが採用の前提条件であり、それを満たせないためです。
ただしその場合には、募集や採用の条件として「四年生大学卒」などの条件をあらかじめ明記しておく必要があると考えられます。
内定者が経歴などに関して虚偽の申告をしており、その程度が重大と判断された場合には、内定の取り消しが認められる可能性が高いです。採用選考では応募者の経歴は、適性や能力を判断するための重要な項目とされているためです。
しかし業務への影響が少ないと考えられる軽微な経歴詐称に関しては、認められないことが多いことに注意しましょう。
内定後に犯罪行為を行い、社員としての適性に欠けると判断された場合は、内定取り消しをしても違法とされない場合があります。
ただし犯罪行為の内容によっては、違法と判断されることも少なくありません。たとえば内定者の逮捕を受けてすぐに内定取り消しをしたものの、冤罪だったというようなケースが該当します。
それぞれの内容を解説していきます。
企業側が内定取り消しをすると、企業のイメージダウンを招きやすくなります。誰もが気軽にSNSで発信する時代において、SNSや掲示板を通じて内定取り消しが不特定多数の人に知られ話題になることで、結果的に企業のイメージに傷がつくのです。
たとえ企業名を明らかにしていなくても、「内定を取り消された」というつぶやきや発信が出ると、企業名を特定しようとする人が現れるケースも珍しくありません。
また内定取り消しが認められる正当な理由がある場合でも、詳細な背景は語られることなく、企業を批判する声が高まり、炎上に発展する可能性があります。
内定の取り消しは、通常「解雇」とみなされるため、訴訟に発展するリスクがあることを考慮しておきましょう。
企業による内定取り消しは契約違反に該当する可能性があり、敗訴した場合は企業に対して、損害賠償をはじめとした法的責任が及ぶことが多いです。
訴訟によって、内定取り消しが無効になる可能性があります。内定者は、企業からの内定取り消しを無効なものとして、従業員の地位の確認を裁判所に請求することが可能です。
裁判所がその訴えを認めれば、内定の取り消しは無効となり、その企業の従業員であることが確認されます。
裁判が長引けば、入社日から出社できないケースも起こりえます。しかし、裁判所が内定取り消しを無効と判断した場合は、入社日以降の賃金を請求される可能性があることを知っておきましょう。
この場合、労働者は労働を提供していませんが、それは無効な内定の取り消しによるものであり、使用者の責に帰すべき事由が理由であるため賃金を請求する権利があるためです。
企業による内定取り消しは、違法に契約を解消する不法行為と判断されることがあります。そのため、不法行為責任に対して損害賠償を請求される可能性もゼロではありません。
内定者が就職活動を再度行うことを余儀なくされ、精神的苦痛を受けたことを理由に、損害賠償請求として慰謝料を請求されるケースもみられます。
参照元:e-Gov法令検索「民法」
1つずつ解説していきます。
内定取り消しをする場合、なるべく早く予告しましょう。それにより、内定取り消しを受けた求職者は、早期に求職活動を再開できます。企業側にとっても、紛争化をはじめとしたリスクの回避につながる点がメリットです。
なお、内定取り消しの際には解雇予告は適用されないという解釈もあるものの、厚生労働省は解雇予告が必要という見解を示しています。そのため、通知も解雇の通知と同様に30日前までに行うとよいでしょう。
内定者に対して、十分な説明をすることも重要です。特に経営上の理由で内定の取り消しを行う場合は、説明責任を果たす必要が出てきます。
伝え方は書面や電話、メールなどによる通知ではでなく、担当者が直接、丁寧に説明するのが望ましいです。書面のみの通知ですませた場合、受け取った側が企業の誠意を感じ取れず、SNSなどを通じて悪評が広まるリスクが生じます。
内定取り消しをする場合、対象者の就職先を確保するよう最大限努めることが求められています。努力義務であるため、支援を行わなかったからといって、ただちに違法になるわけではありません。
ただし、内定者の新たな就職先を確保する努力をまったくせずに、一方的に内定取り消しをすすめた場合には、手続きが適切でないため違法と判断される可能性があります。
内定の取り消しにあたっては、対象となった内定者からの金銭的な補償などの要求には誠意をもって対応することも、努力義務として課されていることに注意しましょう。
特に入社が近いタイミングでの内定取り消しは、新たな就職先を見つけるのに時間がかかるケースが多いです。そのため、経済的な負担が大きくなることも考慮して、補償額を増額することも検討の余地があります。
参照元:e-Gov法令検索「労働基準法」
しかし、原則認められないとはいえ、内定取り消しを検討せざるをえない事案が発生することもあります。内定の取り消しは、そのリスクや求められる手順を考慮したうえで、慎重に判断しましょう。