スキルマップの導入が、古くから進んでいるのが製造業です。高度な専門性や技術力が要求される製造部門や技術部門で、従業員のスキル管理に活用されてきました。同様に、専門性と技術力が必要とされるIT業界でもスキルマップの親和性は高く、積極的に活用されています。
もちろん、サービス業など他の業界でもスキルマップは広まっており、主に人材育成のツールとして活用が進んでいます。
業務に必要なスキルと各個人の力量が明確になることで、適材適所の人員配置や精度の高い人材育成が可能になり、組織としての質の高い仕事につながるのです。
スキルマップを作成することで、各部門・組織ごとのスキル保有状況が可視化されます。部門内で誰がどのようなスキルを有しているのか、一覧として把握できるため、スキルマップの作成は、組織として不足しているスキルの洗い出しにもなります。
スキルの属人化が発生していないかの検証もできます。特定の従業員しか対応できない業務があることは、組織運営上大きなリスクです。スキルマップをもとに状況を把握し、計画的に不足を補うことで、安定した組織運営が可能になります。
スキルマップにより個人のスキルレベルを把握できれば、不足を補う人材育成を行うことで部門単位のスキル向上につなげることができます。
同じ部門に所属していても、担当業務が違えば求められるスキルは異なります。スキルマップにより、各個人の業務に応じた不足スキルが明確になるため、それぞれに応じた精度の高い育成が可能になるでしょう。個人にあわせた人材育成を行うことで、部門全体のスキルの底上げが図られます。
スキルマップを部門内に共有することは従業員にとって刺激となり、モチベーションによい影響をもたらします。求められるスキルと自身に不足するスキルを自覚することで、今後身につけるべきスキルが目標として明確になるためです。
同僚のスキル保有状況を知ることも大きな刺激です。競争心が芽生えることで、スキル向上を意識したモチベーションの高い行動が期待できます。
従業員がそれぞれの持ち場で十分に力を発揮することは、組織力を強化させます。納得度の高い評価は、モチベーションの向上につながります。個人のスキル向上の手助けとなり、効率のよい人材育成につながる点も大きなメリットです。
同じ業務でも担当者のスキルにより結果にばらつきが生じることは、企業として避けたいことです。対象の業務に必要なスキルを定義し、そのスキルを担当者に習得してもらうことで、こうした問題の多くを解消することができます。
また、スキルマップにより業務範囲を明確にすれば、重複や抜け、漏れを防ぐことができます。業務マニュアルの整備に活用してもよいでしょう。
業務の標準化は安定した組織運営に欠かせないものであり、スキルマップの活用範囲は多岐にわたります。
従業員個人のスキルが把握できれば、そのスキルを存分に生かす適材適所の人員配置が可能です。スキル不足の従業員に、無理な業務を担当させてしまうといったミスも防ぐことができます。
また、業務に必要なスキルが明確になっていることは、採用ミスマッチの防止にも役立ちます。応募者のスキルが、採用予定ポジションの業務に必要なスキルと合致しているかを、適切に判断できるためです。
適切な人員配置やミスマッチがない採用により、業務の効率化と生産性の向上が見込めます。
公平・公正な人事評価には適切な評価基準が欠かせません。スキルマップをもとに、評価基準を設定することで、スキルの客観的な評価が可能になります。
人事評価への不満は、離職の原因になりやすいものです。特に高いスキルをもった優秀な人材ほど、自身のスキルを正しく評価されない場合、不満を感じてしまいます。
評価者の主観や感覚による評価は、被評価者のモチベーション低下を招きます。反対に、スキル重視の明確な評価基準で評価されるのであれば、従業員はスキル向上に意欲的に取り組むでしょう。
加えて、数値化が困難で基準設定が難しいスキルも存在します。客観性の乏しい基準を設定した場合、スキルマップそのものが従業員の不満の種になってしまうことも考えられるでしょう。
スキルマップの導入は、こうしたデメリットも考慮し、十分な準備期間を確保して行うことが望ましいといえます。
なかでもフォーマットに関しては、無料でダウンロードできるテンプレートがインターネット上に多く存在するため、利用するのも一つの方法です。こうしたテンプレートをもとに、自社に合う形にアレンジをするとよいでしょう。
スキルマップを作成する際は、関係部署で作成の目的をすり合わせておく必要があります。部署ごとに目的に対する認識が違う場合、作成が難しくなるばかりか、完成したスキルマップの使い勝手が悪くなる恐れがあるためです。
主に人事評価に活用することを想定した場合は、現状の業務遂行に必要なスキルを網羅し、評価基準を設定します。一方、人材育成に活用する場合は、現状不足しているスキルも盛り込む必要があります。
目的により項目やスキルレベルが違ってくるため、曖昧なスキルマップにならないためにも、最初の段階で関係者の認識を揃えておかなくてはなりません。
スキルマップ作成の目的が明確になったら、次は対象部門の業務を洗い出す作業です。業務の洗い出しは、複数の担当者にヒアリングすることで、より網羅性の高い抽出が可能になります。
次に、抽出した業務を種類別・難易度別に階層に分けて整理します。そのうえで、各業務の流れを意識しながら必要なスキルを整理し関連付けていきましょう。
この過程で業務とスキルの分類に悩むことも考えられます。その際は、スキルマップ作成の目的を再確認し、方向性がブレないようにしなくてはなりません。
次はスキル項目を設定し、体系立てて整理するプロセスです。最初にスキルを分類する階層を定めておくと混乱を避けることができます。大分類・中分類・小分類の多くても3階層くらいにしておくと整理しやすいでしょう。
その後は、実際の業務の流れやマニュアルをもとに、必要なスキル項目を設定していきます。スキルの粒度は実際の業務に沿った細かさで、できるだけ具体的に設定することがポイントです。つまずきや迷いが生じた場合は、現場に足を運び業務の流れを確認することが重要です。
次にスキルの評価基準を設定します。スキルごとの習熟度を基準として定めるプロセスです。単純に「できる」「できない」の2段階で設定すると、従業員間の差が判定できません。4段階から5段階程度の基準を設けることが一般的です。
より具体性をもたせるためには、「どのくらいできるのか」が分かる必要があります。例としては、「単独で業務遂行できる」「トレーナーとして指導ができる」というような、レベルの判定基準が挙げられます。
スキルマップの運用で重要なのは、評価方法を決めるプロセスです。どのタイミングで誰が評価するかを決めていきます。おおむね、次に挙げる3つのパターンが一般的です。
いずれのパターンも、適切にフィードバックする機会を設けることで、モチベーションの向上や育成につなげることが大切です。評価者によって評価にばらつきが生じないよう、評価基準のすり合わせもあわせて行います。
事前にテストとして、一部の部署のみで運用してみるのも一つの方法です。テスト運用で気がついた点や抜け漏れがあれば、本運用までに修正を加えたマニュアルを整備する必要があります。
試験運用が終われば、従業員への説明を経て本運用を開始します。従業員に対しては、なぜスキルマップを導入するのか、作成時と同様に目的を明確に伝えることが大切です。このプロセスをおろそかにすると、スキルマップの意義を従業員が理解できず、早い段階で形骸化する恐れがあるためです。
運用開始後も、さまざまな問題点が生じます。その都度改善を加え、マニュアルに反映していきます。
運用に際しては、運用ルールと評価基準を明確にしておくことが大切です。導入の目的を従業員に浸透させることも、効果的な運用のポイントとなります。
スキルマップの作成時には、運用時にシートの使用者となる従業員の意見を反映することが望ましいです。プロジェクトのメンバーとして各部署から人選し、参加してもらうのも一つの方法です。その際は、評価者・批評価者、双方の立場から参加してもらいましょう。
試験運用中はもちろん、本運用後もプロジェクトメンバーを通じ使用状況をヒアリングし、必要に応じた改良を加えることが必要です。
現場の意見が反映された立派なスキルマップが完成しても、運用が曖昧であれば、想定した効果を発揮できるとは限りません。特に、評価者による評価結果のばらつきは運用の曖昧さを招く、避けて通れない問題です。
事前に評価基準のすり合わせを行ったとしても、運用を進めるうちに解釈が違ってくることもあります。定期的に評価者研修を実施するなどして、評価基準を再確認するのも一つの方法です。実際に評価に迷うケースなどを例題として、意見交換してもよいでしょう。
スキルマップによりスキルを評価された後、何らかのアクションがなければ、評価を受けた側の不信感につながります。少なくとも評価者からのフィードバックは行う必要があります。
また、不足したスキルが明らかになった場合は、それを補う施策を会社として実施することが望ましいでしょう。個人に対するフォローだけでなく、全社的に不足しているスキルであれば、社内研修の実施や、外部機関を活用した学習の機会を用意するなどのアクションが必要です。
そうすることで、従業員はスキルマップに意義を感じるようになり、運用もうまくいくようになります。
スキルマップは一度作成して終わりではありません。定期的にブラッシュアップの機会を設け、更新する必要があります。業務内容が変更になったり、人員配置や組織変更により、現状のスキルマップでは対応できなくなったりする場合も考えられるためです。
社会情勢の変化により見直しが必要になる場合もあります。また、全社的にスキル向上が進めば、既存のスキルマップとのレベルの差が生じてしまうことも考えられます。
あらゆる変化に対応し、効果を発揮するスキルマップであるためには、定期的な見直しは欠かせません。
厚生労働省では、「職業能力評価シート」と題して、多くの業界・業種のスキルマップの雛形を提供しています。スキル項目が分かりやすく分類・整理され、業務遂行のための基準や、必要な知識までが網羅されています。
こうしたテンプレートを参考に、自社に合った形にアレンジする方法が、スキルマップ作成の現実的な方法といえます。
参照元:厚生労働省「キャリアマップ、職業能力評価シート及び導入・活用マニュアルのダウンロード」
「営業職」のスキルマップの目的は、営業力の強化にほかなりません。しかし営業に必要なスキルは多岐にわたり、コミュニケーション能力や交渉力といった、数値化・言語化が難しい項目も多いようです。具体的な項目例を以下に挙げます。
営業といっても、売り先となる顧客の違い(法人・個人)により、アプローチに違いがあります。自社の営業形態にあったスキル項目を選択するとよいでしょう。
求められるスキルが多様化している「技術職(エンジニア)」においては、スキルマップの有用性は高まっています。プロジェクトマネージャーが、メンバーであるエンジニアのスキル保有状況を明確に把握することで、効率のよいプロジェクト進行と進捗管理が可能になるためです。
ITエンジニアを例にとり、スキル項目を以下に挙げます。
技術職(エンジニア)のスキル要件は、プログラミング言語などの専門知識だけでなく、プロジェクト進行に必要なヒューマンスキルも必要であることが分かります。
「事務職」のスキルマップは、職種により内容が細分化されます。「人事職」と「経理職」では、求められる専門スキルがまったく異なるからです。反面、各職種でも共通するスキルも存在します。「パソコンスキル」はもっとも分かりやすい例といえます。
事務職のスキル項目例を以下に挙げます。
間接部門である事務職には、基本的な業務遂行力に加え、専門知識と柔軟な対応力が必要なことが分かります。
スキルマップの作成は、難易度が高く時間がかかるものですが、既存のテンプレートを応用しアレンジすることで難易度を下げることも可能です。一度作成してしまえば、改良を加えながら長期にわたり活用することができます。人材育成推進のために、スキルマップの作成を検討してみてください。