オンボーディングは、短期集中で実施する研修やOJTとは違い、一定期間を通じて継続的に行われることが特徴です。プログラムの内容は、職場のルールや仕事の進め方、企業風土への理解を深めることが中心となります。
オンボーディングは顧客の定着化を目指す、「カスタマーサクセス」の分野でも用いられる用語ですが、この記事では人事領域のオンボーディングについて解説します。
労働人口の減少が続くなか、優秀な人材の確保は重要な経営課題であり、若年層の早期離職や雇用の流動化により中途入社者が定着しないことは、企業にとって悩ましい問題です。人材の定着を図る施策として、オンボーディングが注目を集め、各社が取り組みを強化するのは自然な流れといえるでしょう。
参照元:厚生労働省プレスリリース「新規学卒就職者の離職状況を公表します」
社風に馴染んでもらうには、企業独自のルールや文化を知ってもらう取り組みが必要です。仕事に慣れるためには、業務知識やスキルの習得が欠かせません。良好な人間関係を早い段階で構築できれば、会社に対する愛着にもつながるでしょう。
こうした取り組みを明確な目的のもとに行うことで、全社的な離職防止の仕組みが構築されるのです。
それぞれのタイミングにおいて、オンボーディングの目的や関わり方は異なります。以下で詳しく解説します。
入社前のオンボーディングの目的は、入社意欲を高めてもらうことです。内定者の迷いを解消することと言い換えてもよいかもしれません。
複数の企業に内定している場合、最終的に1社に絞ることは重大な決断です。また自社のみの内定でも、「本当にこの企業でよいのだろうか」といった迷いが生じている可能性があります。
内定者へのオンボーディングは、こうした迷いや不安を払拭し、決断を後押しするような関わりが有効です。十分なコミュニケーションによる、信頼関係の構築が求められます。
入社直後のオンボーディングは、独自のルールや仕事の進め方といった「企業文化」を知ってもらうことが目的です。企業独自の慣習は、既存の従業員にとっては当たり前のことかもしれません。そのため、あえて教えることを意識しにくいものです。
しかし、入社したばかりの新人にとっては、独自の慣習についていけないことが大きなストレスになります。入社直後のタイミングで教え、フォローすることで大きな戸惑いは避けられます。
特に即戦力と期待して採用した中途入社者は、他社での経験があるためフォローが手薄になりがちです。入社したばかりの人材を、放置してしまうことは避けなくてはなりません。
入社数ヵ月後のオンボーディングは、入社後ギャップへのフォローが大きな目的です。配属先や仕事内容への不満、人間関係の悩みなどが生じていないか、面談を実施して的確に把握します。
もし、不満や悩みが発生していたら、よく話を聴いて丁寧に取り除かなくてはなりません。特に、新人が思い描くキャリアと仕事内容や配属部署にミスマッチが生じていた場合、早期離職の可能性は高まります。人事部によるキャリア面談を実施し、双方の考えをすり合わせることが有効な対策です。
オンボーディングは、部署を横断して全社的に実施することが理想的です。しかし、現実的には配属部署に一任することも多く、育成レベルにばらつきが生じることが課題となります。より効果的な施策とするためには、人事部など特定の部署が統括することが望ましいようです。
会社のルールや仕事の進め方の理解を手助けすることで、新人の戸惑いや不安、悩みを減らすことが可能です。業務に集中できるため、知識やスキルが身につきやすく即戦力化が図れます。
特に中途入社者の場合は、早期に職場に馴染むことで、本来のパフォーマンスを発揮しやすくなります。即戦力として職場に貢献できている実感は、承認欲求を満たし、さらなる貢献意欲をかき立てるものです。
早期離職の原因には、人間関係につまずきを生じ、職場に馴染めないことがよく挙げられます。また、業務内容に対する不満も、退職を考えるきっかけになりやすいものです。
オンボーディングによるコミュニケーションで、入社後のギャップや不満を和らげることは、定着率の向上に欠かせない取り組みです。あわせて、良好な人間関係構築のサポートをすると、離職防止の有効な施策となります。
早期離職が減り定着率が向上することは、採用に関わるコストを抑えることにつながります。人材が定着する環境であれば、常に人員補充をしつづける必要性が低くなるためです。媒体費用や採用担当者の人件費が抑えられ、採用コストを削減できます。
また、早期離職は、それまでに費やした育成コストを無駄にしてしまう手痛い損失です。オンボーディングにより離職者を減らすことで、必然的に採用と育成に関するコストは低減されるでしょう。
オンボーディングは、従業員満足度の向上にもよい影響を及ぼします。入社して間もない段階で、自社のルールや企業文化を丁寧に教えてもらうことは、会社の一員として認められたという実感につながるためです。
また、オンボーディングによりコミュニケーションが活性化することは、従業員同士の信頼関係を深めます。良好な人間関係のもと、助け合って仕事を進める職場環境は、従業員満足度を高める要素としてこの上ないものといえます。
オンボーディングは部署の垣根を超え、会社全体の取り組みとして新人の定着化を図ることが前提です。そのため部署間のやり取りが増え、コミュニケーションが活性化する副次的な効果が期待できます。
新人の育成という目的のもとに部署間の連携が強化され、つながりはより強固なものになっていくでしょう。組織内の情報共有も推進され、結果として組織力が向上するのです。
詳しく解説します。
新人の入社日には、受け入れ態勢を万全に整えておくことが重要です。業務に必要な備品を揃えておくことはもちろん、関係部署への周知や育成担当者の専任や研修の用意など、事前準備の範囲は多岐にわたります。
職場全体で、挨拶や声掛けを徹底するのも有効です。入社を歓迎し、大切に育てていく姿勢が伝わるように最大限の配慮をしましょう。
定着化で大切なことは、人間関係でつまずきを生じさせないことです。そのためには、既存従業員とのコミュニケーションのサポートを徹底して行う必要があります。
先輩従業員の顔と名前、担当業務が早く覚えられるような手助けがあると、新人は心強く感じます。仕事の不明点が出てきたときに、誰に質問すればよいか分かるためです。いつでも相談できる体制があれば、新人は安心感をもって働けるのです。
新人が会社に期待すること、会社が新人に期待すること、双方の期待値にズレが生じた場合、不満につながり離職の引き金になることが考えられます。具体的には、仕事内容や求める役割・成果などが挙げられます。
こうしたズレを生じさせないためには、入社前からの密なコミュニケーションが必要です。インターンを実施するなどして接点を多くもち、双方の考え方を十分にすり合わせておきます。
入社後間もない新人は、自身の仕事で成果が出るまで不安を感じるものです。これは、新卒入社でも中途入社でも、大きく変わらない心理といえます。
最初から大きな目標で成果を測るのではなく、目標を細分化します。それぞれのステップで成果を確認することで、こうした不安は解消できるでしょう。
小さな目標を次々とクリアすることは、成功体験を積み重ねることです。モチベーション向上にもつながり、自信をもって日々の業務に取り組めるようになります。
抜けや漏れのない教育体制を、構築することが重要です。研修内容や研修方法をはじめ、育成に必要なツールの準備など十分に整えておきましょう。
トレーナーの指導レベルは、可能な限り揃えることが望ましいといえます。必要に応じて教育担当者に向けた研修を実施し、トレーナーの育成を図ることも検討しなくてはなりません。
また、メンターの設置も有効な手法です。業務以外の悩みを相談できる先輩従業員の存在は、新人にとって大変心強いものであるためです。
まず、オンボーディングのゴール(目標)を定めます。そのうえで目標達成に向けたPDCAサイクルを回し、修正と改善を加え続けることで精度が向上できれば理想的です。
まず、新人に求める姿をオンボーディングのゴール(目標)として、明確に定めなくてはなりません。どのように活躍して欲しいのかといった期待から、身につけて欲しいスキルまで、抽象的な内容も言語化することで新人に求める理想像を明確にします。
理想像が明確になれば、現状とのギャップの洗い出しが可能になります。おのずと、不足を補うための施策も明確になるでしょう。
目標が明確になったら、現状とのギャップを補う計画作成のステップに入ります。数ヵ月にわたるスパンで継続的な取り組みを計画に落とし込みます。その際は、適切なタイミングで中間目標を設定するとよいでしょう。
企業全体の課題解決に関する部分は、オンボーディングの基本項目として共通の計画とします。加えて、新人一人ひとりの特性やスキルに応じたオンボーディングプランを作成すると、より効果的な施策となります。
計画を実行に移すステップです。設定した中間目標の段階ごとに、オンボーディングを実施していきます。実行の過程では計画通りに行かなかったり、思わぬ質問を新人から投げかけられたりすることがあるかもしれません。そうしたときは、会社全体でフォローすることが大切です。
実行過程では、できるだけ成功体験を積ませることを意識するとよいでしょう。小さな成功体験を積み重ねることで自信につながり、成長スピードが加速する効果が期待できるためです。
オンボーディングの終了時には、必ず振り返りの機会を設けます。オンボーディングの実施側と受け手である新人の双方からヒアリングをし、効果測定を行うとよいでしょう。
目標や計画は適切であったか、もっとも効果を感じられた施策は何か、不足を感じた項目はないか、すべての関係者の意見を集約します。そのうえで、次に生かすための改善点を洗い出し、関係者の共通認識とします。
また、オンボーディングが終了した対象者にも、継続的なフォローを欠かしてはなりません。
オンボーディングによる人材の定着化は、企業にとって欠かせない取り組みになりつつあるといえます。全社一丸となり、新人に温かく関わる企業文化を構築することが、成長の重要なカギを握るのではないでしょうか。