経営理念と似た内容ですが、経営理念が抽象的な表現でまとめられることが多いのに対し、クレドは具体的かつ実践的である点が特徴です。クレドは一部の部門だけを対象とするものではなく、経営陣から従業員まで企業全体として守るべき指針とされます。
クレドと似た言葉に「ミッション」「ビジョン」「バリュー」があります。これら3つを合わせて「MVV」と呼びます。MVVとクレドの大きな違いは、クレドが従業員を主体としているのに対し、MVVの主体が企業である点です。
企業の使命や目的を表すミッションは、経営を通じて実現したいことや目指すものを表します。企業のあるべき姿を意味するビジョンは、企業の目標や進むべき方向性を示すものです。バリューは企業価値を意味し、企業の持つ価値基準を明確化しています。
これらMVVは、企業が主語となります。バリューはクレドと近い意味合いですが、バリューをさらに具体化し、従業員の行動指針に落とし込んだものがクレドといえるでしょう。
このような不祥事を起こさないようにするため、全従業員が守らなくてはならない信条の浸透や、モラルの向上を期待できるクレドが注目されているのです。
クレドの特徴として、クレドが記載されているカード(クレドカード)が従業員に配布され、従業員は常にクレドカードを携帯する、という運用方法があります。朝礼などでクレドを読み上げる活動をしている企業もあり、これにより従業員に組織の一員としての自覚を促したり、主体的に行動できる人材として育ったりする効果が期待できるでしょう。
デジタル化の進展などによりスピード感が増す一方のビジネス社会では、これまでのようなトップダウン型の指示命令系統では必要な対応ができなくなっていることも多いため、従業員が主体的に考え、行動する姿勢が求められるようになっています。その際には、組織である以上何らかの統一的な判断基準が必要です。それがクレドです。
クレドの導入により、判断や意思決定の基準を企業と従業員の間で共有できます。従業員が判断に迷ったり、極端な行動に走ったりする事態を防ぎ、企業にとって有益な人材として働ける環境を作ることができるのが、クレドの効用の一つです。
クレドは元来、コンプライアンスを目的に開発されたものです。クレドを守ることで、従業員はモラルのある行動を取ることができ、結果として不祥事に手を染める従業員が減ることも期待できます。
企業が一丸となって守らなければならない規範をクレドに定めることにより、企業全体でコンプライアンスの強化を図ることができるでしょう。企業によっては、コンプライアンスのガイドライン作成と並行して、クレドによる行動指針の策定と意識改革に取り組む例もあります。
クレドカードを携帯し、日々の行動指針とすることで、従業員にクレドの内容が浸透していけば、従業員は主体的に行動できるようになり、モチベーションの向上も見込まれます。日々の業務において課題にぶつかったとき、クレドカードを読み返すことで、どうやって対処すればよいかが見つけられる効果もあります。
業務に主体的にかかわれるようになれば、従業員のエンゲージメント(満足度)も向上すると考えられます。クレドの作成には従業員も参画し、納得を得る形で導入されるため、従業員が自己の判断で行動しやすくなり、主体性を高める動機付けにもなります。
従業員が自社のクレドと向き合い、議論を交わすことは、自社をより良くするための検討機会ともなるでしょう。クレドの存在が、自然と従業員のモチベーションを向上させているともいえます。
クレドがあることにより、自社独自の事業やサービスが生み出しやすくなり、他社との差別化が可能になります。クレドは経営戦略を社内外に明らかにする側面があり、競合企業との差別化を図る手段といえるのです。
クレドに従って、モチベーション高く働く人材が増えることで、企業の競争力や生産性も向上します。企業の競争力が高まれば、採用活動でも有利に働き、優秀な人材の確保が容易になるでしょう。クレドに自社の価値観を明確に反映することは、従業員の意識改革にもつながり大きなメリットです。
企業理念やビジョンのような、抽象的な表現で書かれたものは、内容のとらえ方が従業員によって異なり、全体にうまく浸透しないことが考えられます。クレドは前述のとおり、MVVよりも具体的な行動内容として落とし込まれているため、従業員にとってはすぐに実践でき、意識改革にもつながります。
従業員全員がクレドを意識して行動することにより、組織としての一体感や仲間意識も醸成されるでしょう。
クレドの作成にあたっては、まずプロジェクトチームを設けます。チーム内で企業理念を掘り下げ、ミッションやビジョンを徹底的に議論するフェーズです。
全従業員に浸透するクレドを作成するためには、企業全体を多角的に分析する必要があります。プロジェクトチームを作るときは経営層や管理部門からだけでなく、多くの部署からのメンバーを選出するとよいでしょう。ポジションの偏りもないようにするのが基本です。
多くの部署から人を割いてもらうプロジェクトは、通常業務と並行して作業を進めるのが一般的です。その際、円滑にプロジェクトを進行させるには、最終的なゴールを見失わないように、目標とスケジュールの設定を行うことが重要です。
「誰が(Who)」「いつ(When)」「どこで(Where)」「何を(What)」「なぜ(Why)」「どのように(How)」の5W1Hを事前に決めておけば議論の趣旨が明確になり、意見交換が過不足なくできるようになります。
クレドは経営陣のみならず、従業員一人ひとりに対する行動指針です。そのため、経営陣や従業員へのヒアリングを行うことが、クレドを作成する過程では重要です。納得感のないクレドを作ってしまうと、不満を生むばかりで逆効果となりかねません。
経営陣に対しては、どのような経営理念があるのかをヒアリングします。従業員に対しては現場で感じている課題、企業として目指す姿、自社の美点などをヒアリングし、課題や困りごとなどを把握するようにしましょう。従業員の意向を盛り込めば、方向性がより明確になるだけでなく、従業員がクレドに関心を抱くきっかけにもなります。
経営層と従業員が納得のいく形でクレドの構想をまとめたら、文章に落とし込んでいきます。具体的な内容とし、誰が読んでもわかるような表現とすることが求められます。
抽象度が高いものを作ると機能しにくく、反対に具体性が高すぎても応用が利かないものとなるため、注意が必要です。覚えやすいものにできれば、理想的です。
クレドをいったん文章化したら、経営陣や従業員に確認を求め、フィードバックをもらいます。経営陣の意図することや、従業員の求めることと齟齬がないかを確認し、必要に応じて文章を修正しましょう。
修正後、再び経営陣と従業員に確認してもらい、あらためてフィードバックを得ます。この過程を繰り返し、最終的なクレドを完成させます。
クレド作成の最終ステップは、クレドの周知と浸透です。クレドを作る企業の多くは、クレドを記載して常に持ち歩けるような「クレドカード」を作成します。クレドカードは全従業員に配布し、何かあったときに見返して確認するためのアイテムで、クレドの共有と伝達の役割を担うものです。
クレドを作成したら、従業員以外の関係者への浸透も重要です。取引先や顧客、株主、地域社会などに発信することにより、会話の中で自社のクレドが話題になるなどすれば、従業員のクレドに対する理解が深まるでしょう。クレドカードとは別に、関係者への配布用のパンフレットなどを用意するのもおすすめです。
経営者がクレドに反する行動を取っているような場合も、従業員の離反を招く可能性が高くなるため、経営層がクレドの内容をしっかり理解していることが重要です。以下に、クレド導入時の注意点をまとめました。
クレドは従業員に対する行動指針である以上、従業員からの理解が得られていなければ、見込んだ効果を発揮できません。従業員がクレドの内容を理解し、具体的な実践に落とし込めるようにするには、クレド作成時点で十分なヒアリングを行うなど、従業員の意見を聞いておくことが大切です。
従業員が「自分たちみんなで作ったもの」という意識を持てれば、クレドの導入は成功に近づくでしょう。
クレドを作成する際、自社が実際に行っていることや、行うことが可能なこと以外を盛り込むと、実践に移すことが難しく空文化したものとなりかねません。希望や理想に走り過ぎ、あまりにも現実離れした理念を掲げてしまえば、従業員の一体感をそこねてしまう懸念があります。
クレドを作ったことで従業員のモチベーションが下がったり、企業イメージが悪化したりするのでは逆効果です。クレドにはあくまで実行に移せる範囲の内容を反映させることが肝要です。
クレドカードを作成して従業員に常に携帯させたり、朝礼で読み上げたりすることはクレドの浸透に有効な行動です。しかし、儀式的な内容に終わってしまっては、クレドの形骸化を招く危険性があります。
クレドの理解、共感からイメージの具体化を経て、実践と成果に結び付くよう段階的に浸透させるのがおすすめです。その際、PDCA(Plan<計画>-Do<実行>-Check<評価>-Action<改善>)サイクルを回して、より良い成果が出るよう改善を加えながら浸透を図りましょう。
膨大な作業と調整の末にクレドを作り上げても、全従業員に浸透し、指針に合った行動に結び付かなくては意味がありません。自社内にクレドを浸透させるには、工夫も必要です。以下のような方法が、よく採られます。
従業員がクレドを理解し、行動に結び付けるには、クレドにのっとった行動を評価制度に組み込むことも一つの方策です。
クレドが何を目的に、どのようにして作られたかなどを、導入時に経営陣から従業員に向けてアナウンスし、周知を図りましょう。1回や2回の周知では忘れられてしまうことも考えられます。すでに述べたように、クレドを導入した企業は内容をカードにまとめて全従業員に配布するのが一般的とされ、いつでもクレドを確認できる状況を作ることが重要です。
上司が部下に指示を出す際に、「クレドに示したこの部分に沿って、こういう行動をしてほしい」というように、クレドを日常業務に組み込んでしまうのも効果的です。クレドは企業の行動指針を示すものであり、業務の場に落とし込んでいくようにしましょう。
前述のとおり、クレドは社外の関係者にも浸透させることが重要です。顧客や取引先から自社のクレドについてコメントや問い合わせを受けることがあれば、従業員のクレドに対する理解やコミットメントが深まると期待できます。
世界規模でホテルチェーンを展開するザ・リッツ・カールトンは、「ゴールドスタンダード」と名付けた企業理念を持ち、その6項目の筆頭にクレドを配しています。同社のクレドは、以下の3点で構成されます。
ゴールドスタンダードの6つ目の項目には「従業員との約束」が記されています。ここでは、サービス提供のうえで「紳士・淑女こそがもっとも大事な資源」と位置づけ、「信頼、誠実、尊敬、高潔、決意を原則とし、私たちは、個人と会社のためになるよう持てる才能を育成し、最大限に伸ばします」とうたっています。
国際的な製薬大手であるジョンソン・エンド・ジョンソンは、「我が信条(Our Credo)」と題したクレドを作成し、公表しています。同社のクレドは1943年、3代目社長のロバート・ウッド・ジョンソン・ジュニアによって起草されたという、長い歴史を誇るものです。
同社と、各国のファミリー企業において事業運営の中核となっているクレドは、「我々の第一の責任は顧客に、第二の責任は全社員に、第三の責任は地域社会に、第四の責任は株主に対するものである」と順位付けています。顧客を守ることが従業員を守ることにつながり、ひいては地域社会の支援と株主の利益に結びつくとの考え方を示したものです。
ネット通販から金融機関、携帯電話キャリアなど幅広い事業を束ねる楽天グループは、「成功のコンセプト」と銘打ったクレドを規定しています。成功のコンセプトは、以下の5項目です。
同社のクレドは、従業員が常に前向きな姿勢で自己を改革し、顧客満足の最大化を求める方針が簡潔な文章とともに示されています。同社は公式サイトでクレドを公開しており、従業員だけでなく顧客、取引先、株主、地域社会などにも共有、浸透させる姿勢を示しています。