レジリエンスは「物体の弾性」を意味する物理学用語ですが、最近はさまざまな分野に応用されています。心理学においては、レジリエンスは「幼少期のトラウマや仕事における人間関係などのストレスから心理的に回復すること」と定義されます。
レジリエンスは、第二次世界大戦化で孤児になった子供たちを調査する中で、注目されるようになりました。追跡調査された孤児たちは、以下の2タイプに大別されたためです。
研究により、両者の違いは「外的ストレスを跳ね返す力があるか」「逆境に負けず環境に順応していく力があるか」の2点にあることがわかりました。この2点が、レジリエンスの本質とされています。
ビジネスにおいてレジリエンスが取り上げられる場面は、「組織のレジリエンス」と「従業員のレジリエンス」の2つの観点に分かれます。
組織におけるレジリエンスは、大規模災害に見舞われた際の復旧に代表されるBCP(事業継続計画)の側面と、デジタル化などの経営環境の変化に対応するための柔軟性を問う側面があります。
従業員に対するレジリエンスは、従業員一人ひとりのストレス耐性や課題解決力、精神の安定性などに焦点を当てたものです。
レジリエンスを鍛えることで、責任の重い仕事を任されたなどストレスのかかる局面でも、精神の健康を保ち、ストレスを自らの成長に変換していく力が身につくとされています。レジリエンスは、ビジネス社会に生きるすべての人に必要なスキルだといえるでしょう。
レジリエンスが自らストレスを跳ね返す力であるのに対し、メンタルヘルスはあくまでも外からのサポートである点が、大きな違いです。
メンタルヘルス以外にも、レジリエンスの類義語には「ハーディネス」「ストレスコーピング」「ネガティブ・ケイパビリティ」などがあります。
ハーディネス(頑健性)は、ストレスを自ら跳ね返すような、内に秘めた強い力のことです。高いストレスがかかっていても精神的な健康を維持できる人の性格特性を指し、ストレスを受けてから回復する力を意味するレジリエンスに対し、ストレスそのものに負けない強さを意味します。
ストレスコーピングは、ストレスのかかる状況での対処といった意味合いです。レジリエンスのほうが広い意味を持っており、ストレスコーピングはレジリエンスの一部を構成する要素ともいえます。
「答えの出ない事態に耐える力」を意味するネガティブ・ケイパビリティは、イギリスの詩人ジョン・キーツが考案したことで知られる用語です。
ストレスを受け止め、受け流す力がネガティブ・ケイパビリティであり、そのため「最強のレジリエンス」と呼ばれることもあります。
レジリエンスの高い人には、固定した考えにとらわれることなく、柔軟に物事を考えられる特徴があります。厳しい状況に置かれても、その状況をポジティブに変換できるなど、発想を転換する能力のある人です。
新型コロナウイルス感染症の拡大やIT(情報技術)の急速な進化などにより、ビジネス環境は短期間に大きく変化しています。レジリエンスの高い人であれば、ビジネス環境の急変にも自分の求められる役割に応じて、柔軟に対応できる傾向があります。
困難な状況に陥った時、悩んだり不安に思ったりするのではなく、「きっと解決できる」「何とかなる」と思える楽観性も、レジリエンスの高い人の特徴です。
困難な状況をチャレンジに変えて、不安に打ち克って課題を解決していける可能性が、楽観的な人には期待できます。人間関係においても、長所を見つけるのがうまいなど、ポジティブ視点を持っているのが特徴です。
レジリエンスの高い人は、上司や同僚、部下とのコミュニケーションをよく取っており、周囲から信頼されています。組織での仕事は一人ではできないことを理解しているため、他の従業員と相互に協力し合う関係を構築できているのも特徴です。
レジリエンスの高い人なら、仕事上の窮地に追い込まれた時も、周囲の助けを得てピンチから脱出できる可能性が高まります。
高いストレスにさらされていても一喜一憂せず、怒鳴りちらしたりイライラした素振りを見せたりしないのが、レジリエンスの高い人です。
物事の本質に向き合うことができるため、一時の感情に振り回されることがありません。ストレスに負けて感情の起伏が激しくなってしまう人は、そのこと自体がさらなるストレスを呼ぶ悪循環に陥ることになりがちです。
難しい課題に直面し、何度も失敗を繰り返してしまうような時でも、レジリエンスの高い人は挑戦を諦めません。失敗の連続でも、「少しずつでも成功に近づいている」とポジティブに考えられるのが、レジリエンスの高い人の特徴です。
失敗という事実を受け止め、次のチャレンジに生かしていくことで、最終的に課題の解決に至る期待が見込めます。
レジリエンスが弱い人は周囲の影響を受けやすく、すでに起きてしまったことや、自分では変えられないようなことに対してもこだわりを残してしまい、視野狭窄になりがちな特徴を持ちます。
レジリエンスの高い人は柔軟な思考で、ピンチの状況もポジティブに転換させられますが、レジリエンスが弱く発想の転換ができなければ、同じ失敗を繰り返すことにもなりかねません。
自分の置かれた状況や発生してしまった出来事に対して一喜一憂しがちな人は、物事の本質が見えなくなっている可能性があります。悪い結果にばかり目が向き過ぎて、「なぜこのような状況になっているのか」「自分は本来何をすべきなのか」といった考えに至らないのです。
周囲の反応や自分の感情などに振り回され、事態は改善しないのにストレスばかりため込んで、エネルギーを無駄に消耗する心配もあります。
レジリエンスの高い人が周囲を味方にし、助け合いで困難な状況から脱出できるのに対し、レジリエンスの弱い人は問題を一人で抱え込み、かえって進退窮まる結果を生んでしまう傾向があります。
問題を自分だけで抱え込むのは、自分にも他人にも厳しい一面があるためです。物事のネガティブな側面に注意がいきがちで、主体的に課題や役割に挑戦できない性格であることも多いといえます。
小さな失敗や他人からの不評など、ちょっとしたことにとらわれて、すぐに諦めてしまうのもレジリエンスが弱い人に見られる特徴です。
早めに断念して、次のポジティブな目標に取り掛かるのが好結果を生むこともありますが、早期の諦めを繰り返していると、「またできなかった」と考えるマイナス思考に陥りやすくなります。
ここでは、ビジネスでレジリエンスの向上が重要になってきた理由を、以下の4点にまとめて解説します。
ストレスに柔軟に対応できる人は、ストレスを受けにくく、肉体的にも精神的にも健康を維持できます。多忙であったり、多くの人とかかわったりする業務では、ストレスがたまりやすい環境となりがちです。
レジリエンスを高めて、柔軟性や対応力を高めることができれば、ストレスをコントロールできる力が身につき、生き生きと働くことにもつながります。
技術の進化や感染症の流行、地政学的状況の変化や大災害の発生など、現代のビジネスを取り巻く環境は激変にさらされています。企業においても売上の急減、吸収や合併など、変化は大きくなり、加速する一方です。
こうした時代に個人で抗っても勝ち目はなく、心が疲れるばかりです。レジリエンスの高い人であれば、この状況をチャンスととらえ、目まぐるしい変化の時代を柔軟に乗り切っていけるでしょう。
ストレスの大きな原因の一つとして挙げられるものに、人間関係があります。レジリエンスの高い人は周囲に信頼され、相互協力の関係を築けるので、人間関係のストレスは大きくならないと想定されます。
ストレスがあったとしても、レジリエンスの高さで受け流し、乗り切ることもできるでしょう。レジリエンスの高い人材ばかりで組織が構成されれば、人間関係でギスギスすることもなく、円滑な企業活動の進行が期待できます。
組織の一員としてキャリアを重ねていけば、徐々に責任のある仕事を任され、難しい課題に直面することも多くなるものです。リーダーや管理職ともなれば、個人の仕事だけでなくマネジメントも守備範囲となり、新たな業務への取り組みが必要となります。
レジリエンスの高い人なら、困難な課題や新しい役割に対しても前向きに取り組み、挑戦を諦めないことから、目標を達成できる力を養えるとの期待が高まります。
従業員のレジリエンスを高めようとする場合、従業員一人ひとりのレジリエンスを把握することが重要です。これから従業員を採用するなら、応募者のレジリエンスを見抜く採用を実施しましょう。具体的には、採用時の面接や適性検査などでレジリエンスを見極めます。
面接で応募者のレジリエンスを見極めようとする場合は、質問に工夫が必要です。思考に柔軟性があるか、周囲と良好な関係を構築できるかといった、レジリエンスの高さが評価できる回答を引き出せるように、質問の仕方を検討しましょう。
レジリエンスは後天的に獲得できる能力とされており、既存の従業員に対してもセミナーや教育プログラムを実施することで、レジリエンスを高めることは可能です。
「ネガティブ志向をポジティブに転換する」「柔軟な発想を身に付けて折れた心を回復させる」などをテーマとしたグループワークやディスカッションの実施が、レジリエンスを高めるプログラムの一案です。
定期的に行われる社員研修にレジリエンス教育を取り込めば、レジリエンスの高い人材が増えることにより、企業全体のレジリエンスも高まる可能性があります。
従業員のレジリエンスを高めるには、社内コミュニティーの交流を活性化し、従業員同士のエンゲージメント(満足度)を高めることが重要だとされています。
逆境からの回復経験を持つレジリエントの高い人材をレジリエント・リーダーとし、部下のやる気を引き出させる手法も注目を集めています。
社内コミュニティーで見つけたレジリエンスの高い従業員や、身近なレジリエント・リーダーをロールモデルとし、観察して真似ていくことで従業員のレジリエンスが高まります。強靭で柔軟な組織づくりにも役立つのです。
失敗するのが好きな人はいないと思いますが、「失敗するくらいなら挑戦しない」という態度ではレジリエンスの向上は見込めず、スキルアップや目標達成も困難といえます。従業員のレジリエンスを高めるためには、失敗を許したり奨励したりできる環境づくりが必要です。
管理職や職場のリーダーは、部下が失敗したら丁寧にフォローし、許容したうえで一緒になって解決策を考えるなど、失敗を挑戦に転換させやすい風土づくりに心を砕きましょう。
周囲との良好なコミュニケーションを築けるのが、レジリエンスの高い人の特徴です。組織においても、情報共有を進め、活発に意見交換する風通しのよさがレジリエンスを向上させます。
管理職や職場のリーダーが率先して情報共有や意見交換を行うことで、部下からも意見が出やすくなります。組織全体としてのコミュニケーションの活発化を意識して、報告や連絡を行うようにしましょう。
自社の競争力をさらに高めたいなら、レジリエンス向上策を検討してみるのも一考の価値ありです。