ガバナンスとは企業が健全な経営を行うための管理体制を指す言葉です。情報化が進んだ現代では、企業の不正や不祥事、モラルに反した行動などは瞬時に知れ渡り、企業のブランドイメージの悪化や風評被害につながります。
ガバナンスを効かせ経営に関するリスクを回避することで、企業は長期的な発展が実現できます。
1.ガバナンスの意味とは
ガバナンス(governance)は日本語に直訳すると「統治、管理、支配」を意味する言葉です。
ビジネスシーンにおいては、企業内統治の仕組みを指すコーポレートガバナンスという言葉が使われており、企業の管理体制を意味します。
ガバナンスは、企業の不祥事や不正を未然に防ぐための管理機能として注目されており、IT化が進み情報漏洩やセキュリティリスクの懸念が高まっている近年では、その重要性が特に謳われています。
2.ガバナンスと似ている概念との違い違い
ガバナンスとは企業統治の体制のことですが、企業のリスク管理や不正防止といった文脈で使われる概念が他にも多数あります。似ている概念の定義を理解することで、ガバナンスの意味の理解が深まるため、類似する概念との違いを確認していきましょう。
2-1.コンプライアンス
コンプライアンスとは法令遵守という意味であり、法律や規則に則った業務を行うことです。ビジネスシーンでは「コンプライアンスの遵守」「コンプライアンス意識を高める」といった使い方がされます。
ガバナンスは企業の管理体制を指すのに対し、コンプライアンスは行動原則であることが異なる点です。ガバナンスを有効に働かせるための一つの手段として、コンプライアンスを遵守するという関係性として覚えておきましょう。
2-2.リスクマネジメント
リスクマネジメントにおいてのリスクとは、不正や不祥事といった企業内部の問題だけではなく、売上の低下や事業環境の悪化といった外部要因も含まれます。
そのため、企業内の管理に焦点を当てているガバナンスと、社内外問わず企業を取り巻く様々な経営リスクを考慮するリスクマネジメントでは、管理する対象が異なります。
2-3.内部統制
内部統制とは健全な企業活動を行えるように社内で定めたルールや仕組みのことです。これだけ聞くとガバナンスと混同しがちですが、両者の違いは管理の主体が異なる点です。
内部統制は、事業活動に支障が出ないように、経営陣が策定したルールに則って社内を管理します。一方で、ガバナンスは社外取締役など、経営陣以外も含めた人材が企業を管理する体制のことです。
社内の健全性を保つ内部統制と、ステークホルダーの信頼度を高めるガバナンスは、それぞれの目的が異なります。
2-4.ガバメント
ガバメントは政府や地方自治体などの行政機関、もしくは行政機関による統治を指します。
ガバナンスとガバメントはどちらも統治を意味しますが、ガバメントは政治による法的拘束力のある統治である一方で、ガバナンスは経営者やステークホルダーが主体的に組織管理に関わることを意味するため、統治の主体という点で大きく異なります。
3.ガバナンスが必要とされる背景
ガバナンス強化が必要ガバナンス強化が必要とされる主な背景は、ステークホルダーの存在とビジネス環境のグローバル化の2点です。とされる主な背景は、ステークホルダーの存在とビジネス環境のグローバル化の2点です。
昨今の経営に求められる要素として、企業の利益を得ることを優先するのではなく、株主や顧客などのステークホルダーと良好な関係性を築くことが挙げられます。ガバナンスを強化することで企業の利己的な意思決定を防ぎ、ステークホルダーの利益を守れれば、長期的な発展へとつながるでしょう。
さらに、現在では海外展開する企業も増えていますが、異なる文化や価値観を持つ者同士で働くことで、思わぬ不正が起こるリスクも考えられます。不正を防ぐためには、業務プロセスを適切に管理するガバナンス体制を構築することが重要です。
4.ガバナンスのメリット
ガバナンスが効いていると、経営において短期的にも長期的にも、多くのメリットをもたらします。ガバナンスの第一の目的である不正防止のみならず「ステークホルダーへの貢献」「企業価値の向上」「人材の確保」と様々な効果を生み出すため、ガバナンスの強化は現在の企業経営において大きな武器となります。
4-1.企業側の不正を防止できる
万が一企業の不正が発覚すると、刑事責任や民事責任に問われる可能性はもちろん、企業イメージの悪化や取引先との契約打ち切りなども考えられるため、経営自体が立ち行かなくなるリスクもあります。
企業内の管理・監視の仕組みを構築し、コーポレートガバナンスをしっかりと効かせることで、不正による経営悪化の可能性を低くできます。
4-2.企業内を可視化できる
ガバナンスを強化することは、自ずと企業内の業務プロセスや人員配置の把握につながります。
これにより、データ改ざんや横領といった不正を防ぐ効果が期待できるうえ、業務を棚卸したことにより業務改善が進んだり、より良い社内ルールの策定を行えたりする、といった副次的な効果ももたらされるでしょう。
なお、業務内容を把握できるITツールを導入すれば、不正の抑止と、業務分析による生産性の向上のヒントが得られるという2つのメリットを享受できます。
4-3.株主が安心して投資できる
もしも企業内部において不正が発覚した場合、その企業の株価下落はほぼ確実であり、既存の株主が離れてしまう可能性は否めません。
しかし、コーポレートガバナンスが保たれていれば、不正のリスクを低減でき、その分株価の安定も見込めるため、投資を受けやすいというメリットがあります。
また、ガバナンスに則り情報を正確に開示することで金融機関からの評価が高まる点も、企業の健全な財務状況を保つことにつながります。
4-4.企業価値を高めることができる
ガバナンスが保たれている企業は優良企業と認められるため、社会的信頼の獲得や企業の魅力の向上が見込めます。企業としての魅力が高まれば、新規に投資をする株主も増えていくため、結果的に企業価値が高まります。
こうした好循環を生み出すことができれば、人材や設備投資に使えるお金も増やせるため、従業員や取引先といったステークホルダーとの良好な関係も築けるでしょう。
4-5.労働環境の改善につながる
ガバナンス強化による業務プロセスの見直しを行うことによって、責任範囲が明確になりタスク漏れなどを減らせます。その結果、ミスがなくなることでの精神的負荷の軽減や、業務効率化による残業時間の削減といった労働環境の改善が期待できます。
また、労働環境の改善は離職率の低下ももたらすため、人材が定着してスキルが習熟していくことにより、さらに生産性が高まるといった好循環も見込めるでしょう。
5.ガバナンスのデメリット
ガバナンス強化には多くのメリットがありますが、一方でデメリットもゼロではありません。
健全な経営を行うためにガバナンスの重要度は高いものの、コストやスピード感の面で経営にマイナスをもたらす可能性もあります。
そのため、事前にデメリットを把握しておくことで、自社に合ったガバナンス体制の構築が進められます。
5-1.コスト負担が大きくなることがある
適切なガバナンスを行うには管理体制強化のための人員と、一定の設備投資が欠かせません。
管理体制を強化するにあたり、社外取締役や社外監査役を雇う場合には、その分人件費が嵩みます。
また、業務内容を可視化するためのITツールの導入などを行うと、企業規模と比例してコストが高くなるため、短期的には利益の圧迫につながる可能性は否めません。
5-2.企業活動が円滑に行えない
決められたルールや法令遵守を意識するあまり、無駄な確認作業が増えたり革新的なアイデアが生まれにくくなったりする可能性があります。
社内ルールや決められた手順を守ることは重要ですが、従業員が萎縮してかえって生産性を下げてしまっては本末転倒です。
制約の厳しいルールが全社的に蔓延すると企業活動を円滑に行えないため、生産性を落とさない適度なルールにできるよう、十分に配慮してください。
5-3.ビジネスチャンスを逃す
コーポレートガバナンスの観点では、企業の都合だけでなくステークホルダーの利益も考えなければならないため、経営に関する意思決定を慎重に行う必要があります。場合によってはリスクを懸念した社外取締役や社外監査役などから、ストップがかかることもあるでしょう。
ガバナンス強化により、リスクに敏感になるあまりビジネスのスピード感が失われる懸念も生まれます。
5-4.ステークホルダーに依存してしまうことがある
ステークホルダーへの貢献を重視するあまり、適切な意思決定を行えない場合があります。特に、株主は株価の上昇や配当金の増額を求める傾向にあり、手前の業績を上げることを求めます。
そのため、将来を見据えた設備投資によるキャッシュフローの悪化に難色を示す可能性も少なくありません。ステークホルダーに依存しすぎることは、時に経営として最適と思われる判断を下せないという結果につながります。
5-5.オーナー企業では適正に機能しない
経営者が株式を多く保有しているオーナー企業では、ガバナンスが適正に機能しない恐れがあることがデメリットです。
健全な経営を行うために、経営陣を監視する役割も果たすガバナンスですが、オーナー企業のように経営陣がほとんど家族という構成であれば、取締役会が機能しにくくなります。同様に、株を多く保有していることにより、他の株主よりも決定権が強いため、経営陣以外に意思決定を行える人材がいない状況となります。
これらのことから、オーナー企業ではステークホルダーとの力関係が崩れてしまう可能性があり、適切な管理体制の構築を行うことが難しいといえるでしょう。
6.ガバナンスを強化する方法
ガバナンスを強化する方法は企業情報の透明性を上げる方法と、企業内部以外に監視する役割を担う人材や機関を設ける方法があります。これらを実現するために、制度変更や人材の雇用、意識改革といった方法を具体的に4つご紹介します。
6-1.執行役員制度を導入する
執行役員制度とは、取締役とは別に執行役員の役職を設置し、執行役員が業務執行を担うことでコーポレートガバナンスを強化する仕組みです。
会社を管理する立場である取締役の業務負荷を軽減するために、事業に関しては執行役員が担うことで、取締役は業務内容の管理監督に専念できるという考え方です。
分業を進めることで、ガバナンス強化だけでなく、業務の効率化が図れるというメリットもあります。
6-2.社外取締役・社外監査役を設置する
社外取締役や社外監査役を設置することにより、役員による意思決定が法令に抵触したり、モラル的に誤った判断を下したりするのを客観的な立場から防ぐことを目指します。
また、ステークホルダーの意見を、中立な立場で企業経営に反映させていくことも、外部の人材ならではの役割といえるでしょう。
金融庁と東京証券取引所が取りまとめたコーポレートガバナンス・コードでは、取締役のうち少なくとも3分の1を社外取締役にするように求めており、社外の人材による経営の監視が重要視されています。
参照元:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」
6-3.内部統制の構築・強化を行う
内部統制の構築・強化とは、財務状況やキャッシュフローの分析、特定の顧客や技術への依存度など、経営の存続においてのあらゆるリスクを洗い出し、それに応じた社内の業務プロセスやルールを変更することです。
業務プロセスやルールを見直すことで、不正や不祥事のリスクが減ることはもちろん、事業の軌道修正も行えるため、ステークホルダーからの信頼感も高められます。
6-4.コーポレートガバナンスを社内へ浸透させる
コーポレートガバナンスの強化には、社員の意識を高めることも有効です。行動指針や倫理憲章などを作成し、自社の規範となる行動を定義すれば、業務に対する向き合い方も自ずと変化させられます。
さらに、セキュリティ規程や社内ルールなどを策定している場合には、それらが形骸化しないように定期的に周知することで不正やセキュリティリスクの抑制になり、ガバナンス強化につながります。
7.ガバナンス強化に成功している事例3選
具体的なガバナンス強化の方法をお伝えしましたが、目標とする企業があれば強化のプロセスがより明確になります。ここでは、各社の目標となるようなガバナンスを構築している企業を3社ご紹介します。
7-1.キリンホールディングス株式会社
キリンホールディングスはコーポレートガバナンスに関係する情報を多く公開しており、透明性の高い経営が特徴です。
企業サイトでは、社外役員の独立性に関する基準や、非常に情報量のあるコーポレートガバナンス報告書を掲載しており、ガバナンスを重視していることがうかがえます。
さらに、社会との価値共創という名目で顧客のウェルビーイング向上にも取り組んでおり、ステークホルダーへの貢献度も高めています。
7-2.花王株式会社
花王はしっかりとしたコーポレートガバナンス体制を構築していることが特徴です。取締役は社内5名に対して独立社外取締役が4名と高い比率を誇り、取締役それぞれの属性や経験のバランスも優れています。
また、「ESGコミッティ」というESG戦略の策定を専門的に担う機関を設けて社会貢献も意識しており、長期的なステークホルダーの利益還元につなげています。
7-3.ライオン株式会社
ライオンでは、社外の人材で構成された委員会によって、取締役の報酬や選定を公平に行い、透明性のある経営が実現されています。
社外人材で構成された委員会には、報酬諮問委員会や指名諮問委員会があり、役員の選定プロセスとその報酬についての客観性を担保しています。
さらに、アドバイザリー・コミッティと呼ばれる、社外役員以外の社外の有識者で構成される機関からの助言を得る仕組みも持っており、中長期的な発展にも力を入れているといえるでしょう。
8.ガバナンス強化は企業成長に不可欠
ガバナンスとは健全な経営を行うための管理体制であり、ガバナンスを強化することによって企業活動が円滑になり中長期的な発展が見込めます。
ガバナンスが効いているかどうかは定量的に測れるものではなく、短期的に企業の利益に貢献するわけでもないため、どうしても後回しになりがちです。しかし、将来を見据えて取り組むことによって大きな利益をもたらします。
これからの時代はステークホルダーと共に成長していく企業が求められているため、企業の成長にはガバナンスが欠かせないといっても過言ではないでしょう。