タレント(talent)は「才能」「資質」あるいは「才能のある人」という意味の英単語です。従業員の持つタレント(才能、資質)を活用することで、企業にも従業員にもメリットをもたらそうというのがタレントマネジメントの趣旨です。
タレントマネジメントという考え方が広がったのは、1997年に米大手コンサルティング会社のマッキンゼー&カンパニーが人材関連の調査をもとに「the war for talent」(人材育成競争)という用語を生み出したのが発端でした。
当初は非凡な才能を持つ人材をいかに獲得するかが焦点となっていましたが、現在ではグローバル化した人材確保競争の中での現場のニーズに応じた人材調達が主眼となっています。日本でタレントマネジメントが普及し始めたのは2010年代からです。
タレントマネジメントは、人事戦略そのものとも評されます。人材の配置・処遇・評価・育成・教育など、人事にからむあらゆることにタレントマネジメントは関係しています。人事戦略は、企業の規模や目標、課題によって異なるため、タレントマネジメントの内容も企業ごとに差別化されているのが一般的です。
タレントマネジメントは従業員の能力を最大限に活かすための戦略であり、「これをやればタレントマネジメントをやったことになる」という定型的な内容はありません。
近年、政府が推進している「働き方改革」も、タレントマネジメントに注目が集まる原因となりました。働き方改革により長時間労働の是正が求められるようになり、企業には生産性を高めて残業を減らす努力が必須となっています。スキルや経験をベースとした最適な人材配置は生産性向上に資する方法であり、その手だてとしてタレントマネジメントが有効だったのです。
技術革新も、タレントマネジメントの活用を後押ししています。従来、人事戦略は数値化が難しく、可視化できにくい業務とされてきました。最近では人事分野でも技術革新が進み、ビッグデータやAIを組み込んだHRテクノロジーと呼ばれる技術を応用したツールによって、タレントマネジメントが実行しやすくなっています。
この項では、タレントマネジメントを行う目的について、以下の3項目にまとめて解説します。
経営目標を達成するには、戦略を実行できる人材を確保することが必要です。人材確保の方法としては、社外からの採用と、社内人材の発掘の2通りがあります。
人材難の時代を迎え、人材は単なる企業の歯車とはいえなくなっています。人材を企業全体の財産とみなし、それぞれの資質の活用と育成を考えることが重要です。長期的な視点で人材開発に取り組み、実行に移すことができる社内体制と文化を整備することも必要です。
タレントマネジメントの活用により、従業員個々人の描くキャリアの将来像が把握できるようになります。その結果、目標とするビジョンに沿った研修を受講させたり、適した業務に配属させたりするキャリア支援が実現できるようになりました。
それぞれの人材が持つポテンシャルと能力を発揮できるポジションの掛け合わせによって、企業と個人の成果の最大化が見込めます。それぞれのポジションで大いに活躍する人材の中から、次世代リーダーが育ってくることも期待されます。
せっかく確保し、育成した人材がいても、辞められてしまっては元も子もありません。人材に長く活躍し続けてもらうのも、タレントマネジメントを行う目的の一つです。人材が目指すキャリアの方向性を自社の経営戦略とすり合わせたり、能力に見合ったポジションや報酬を提供したりすることにより、人材の定着とリテンション(流出防止)を図りましょう。
ここでは、タレントマネジメントのメリットについて、以下の4項目に分けて説明します。
タレントマネジメントの活用によって、職務に限定されない汎用性のある能力の開発や、将来身につくことが期待されるスキルにも目を向けることができます。それぞれの適性を見極めた人員配置がなされることで、従業員は成長を実感しやすくなります。
結果として、従業員の満足度が向上し、モチベーションアップや人材の定着といった好循環につながりやすくなるのです。
タレントマネジメントの目的の一つに、社内人材の発掘があります。社内にいた既存の人材が活用されれば、採用や育成のコストの削減が可能です。内部の人材を異動させるため、外部から採用した人材よりも新しい部署になじみやすい利点もあり、育成にかかる時間と費用のコスト削減につながります。
社内で発掘した優秀人材の資質やキャリアをベースに基準作りをすれば、外部から人材を採用する際のミスマッチ防止に役立つ効果も期待できます。
タレントマネジメントには、顧客満足度を向上させるメリットもあると指摘されています。従業員がスキルを向上させ、経験を積むことで仕事の質も上がっていくため、顧客満足度が高まると考えられます。
顧客満足度は数値化しにくい指標ですが、タレントマネジメントによって向上が見込めるとされる点は、顧客満足度を上げたいと悩んでいる企業にとってヒントとなるといえます。
従業員の経験やスキル、ノウハウなどを一元的に管理できるタレントマネジメントを使うことで、人員配置を適材適所で行えるようになります。その部署で求めているスキルや経験が可視化され、人材とマッチングできるためです。
将来的に経営を担えるような資質を持つ人材がいれば、早めに経営の中枢に置いて経験を積ませるといった運用も可能です。
ここでは、タレントマネジメントの導入について、以下の7つのステップで解説します。
はじめに必要なのが、何のためにタレントマネジメントを導入するのかという、目的の明確化です。経歴からスキル、ノウハウ、取得資格など多くのデータを収集し、管理していたとしても、データベース化するだけで活用しなければ無駄になってしまいます。
「どのような情報を取得するのか」「取得した情報を何に使うのか」「蓄積したデータはどのように管理するのか」などを整理し、最終的にタレントマネジメントによって何を達成したいのかをまとめましょう。タレントマネジメントは経営戦略に直結するだけに、構築は人事部門だけで考えることではなく、経営層と意見交換することも重要です。
タレントマネジメントを導入することが決まったら、まずは人材情報の把握です。氏名や学歴、経歴に始まり、スキル・資格・評価結果など必要な情報を集約します。これによって自社の抱える人材の現状がわかります。
導入後の注意点となりますが、人材情報は1回取り込んだらそれで終わりではありません。スキルは向上し配属先は変わるため、随時最新のものに更新する仕組みとしなければ、効果を漫然に発揮できない可能性があります。
情報の集約ができたら、タレント人材、タレント候補人材の特定に進みます。企業規模が大きくなればなるほど、従業員一人ひとりの資質や経歴などを把握するのに手間と時間がかかり、難度も高くなります。資質や能力ごとに人材情報を選り分け、データベース化した「タレントプール」を作っておけば、管理の効率化につながります。
タレントの特定の次は、前述のタレントプールごとに育成計画を立てていきます。人員が足りなくなりそうなタレントプールには、新規採用を行うことが必要です。逆に、人数の多すぎるタレントプールがあれば、配置転換を計画するなど、フレキシブルに実行していきましょう。
採用・育成計画は、タレントマネジメントの基礎をなす部分です。採用や育成を実施する際に、高い精度で反映できるよう、計画書を綿密に取りまとめることが重要です。
いよいよ、計画に沿って採用と配置を行っていきます。採用には新卒と中途の2種類があり、人員配置を決める際には研修の実施も視野に入れておく必要があります。採用や配置はデータだけを見て決めるのではなく、現場の声を聞いて総合的に判断することが大切です。
進捗管理を随時行いながら、スケジュールの遅延や想定と異なる事態の発生があれば、確認と調整を加えて進めることがポイントです。経営戦略と人事戦略の連携が従業員にも意識できるような採用や配置ができれば、タレントマネジメントの効果はさらに上がる可能性があります。
採用と配置を実施した後は、結果を定量的かつ定性的に分析します。人事評価の推移や課題への対応状況などを確認し、次の人事構想に反映させます。その際、一点だけに集中した分析をするのではなく、多面的な比較をすることが重要です。
人材育成やリテンションマネジメントは短期的に効果が実感できるものではないため、定期的なチェックを続けるように心がけましょう。
採用や人事異動によって職場の雰囲気が一新されたら、人事評価を行います。企業全体の業績と個人の貢献度を照らし合わせるほか、従業員が目指すキャリアに近づいているかの確認や、業務についての考え方などについてもきめ細かく確認していきます。評価やレビューにあたっては、上司と部下との1対1での面談などが効果的です。
タレントマネジメントの導入で重要なのは、1回実施したら終わりではなく、採用・育成計画の策定以降のステップでPDCAサイクルを回し続けることです。それにより、タレントマネジメントがシステムとして高次元のものとなります。企業の継続的な成長には、タレントマネジメントの継続的な進化が求められます。
調味料を主力とする食料品大手の味の素は、同社独自の「グローバル人財マネジメントシステム」を導入しています。同システムは、世界各国の味の素グループ企業に所属している多様な人材を横断的に育成・登用し、適材適所の配置の実現を目的とした仕組みです。同社はこのシステムにより、「多様なタレントからなる分厚い人財層をつくり、グローバル・スペシャリティ・カンパニーを支えていきます」と宣言しています。
同社グループでは、組織力強化による業績の向上を目的に、グループ約100社の従業員約3万3,000人を対象に、「エンゲージメントサーベイ」を実施しました。同社は「働きがいを実感している従業員の割合」80%を指標として、隔年で調査するとしています。
ビールなどアルコール飲料を中心とする飲料・食料品大手のサントリーホールディングスは、経営方針として「ダイバーシティ経営」を掲げています。タレントマネジメントに関しては、多様な従業員が、同社の社是である「やってみなはれ」を発揮できるよう、従業員の属性の多様化を推進し、違いを受け入れて活かす組織づくりに取り組むとしている点が特徴です。
同社は、グローバルで活躍できる人材の発掘・育成・配置に向けて、定期的にグループ単位でのタレントレビューを実施しています。主要グループ会社の経営層によって、重要ポジションの後継者計画、国や事業を跨いだ異動の検討を行っているほか、機能別のグループタレントレビューなどにも継続的に取り組んでいます。女性の登用にも熱心で、2030年に女性管理職比率を30%にするのが目標です。
タレントマネジメントシステムには、多種多様な製品が上市されていて、人事システムの一部になっているものもあれば、タレントマネジメントに特化したシステムもあります。自社に適した製品を選択するには、自社で必要とする機能が備わっているかどうかを最初にチェックすることが大切です。
自社の人事上の課題は何か、課題を解決するためには何が必要かといった条件を洗い出し、製品を絞り込めるようにしましょう。
システムを導入するうえでは、サポート体制が充実しているかどうかも重要です。電話やメール、チャットでのサポートに対応しているか、詳しいサポートページが用意されているかなどについて、確認します。
タレントマネジメントシステムの運用には、人事や経営の知識が必要です。導入にあたっては、専門家によるコンサルティングを受けるのも一案といえます。
システムの使いやすさにも目を配りましょう。技術者や人事部の一部の人しか使えないようなシステムでは、効果の発揮に疑問符がつきます。タレントマネジメントは人材戦略そのものであり、経営全体の戦略を下支えする役割を持つものであるため、経営層や管理職階層でも使いこなせるシステムであることが求められます。
タレントマネジメントシステムの運用上、経営判断が必要になる局面もあります。そのような場合、経営層がシステムを常用していれば、議論が円滑に進むと考えられるのです。
人事まわりの諸業務には、何らかのシステムを利用するのが現代の標準といえます。タレントマネジメントシステムを導入するのなら、現在利用中の人事システムと連携できるかどうかを確認することも忘れないようにしましょう。
連携できればデータの活用がしやすくなり、スムーズな業務運営が可能になります。API連携に対応しているシステムもあり、どのシステムがどのような連携機能を持つのかは確認が必須です。
新規のシステム導入となるため、費用感にも注意が必要です。タレントマネジメントシステムに限らず、費用対効果の検証は、入念に行います。タレントマネジメントシステムには、利用人数で料金が変化するものが多いという費用面の特徴があります。候補となるシステムがあったら、実際にかかる料金をベンダーや代理店に問い合わせるのがおすすめです。
システムによっては、期間を限っての無料トライアルを実施している場合があります。短期間でも試用できれば、使い勝手などを確認できますので、無料トライアルの有無も比較の際は考慮に入れましょう。
導入には周到な準備をしたうえで、タレントマネジメントを活用し、さらなる高みを目指しましょう。