組織行動学の第一人者として知られる、エイミー・エドモンドソン教授が発表した概念として広まりました。
これまでの伝統的な流れを壊すような意見を発言した場合でも、受け入れてもらえると思っている心理状態や、どのような意見が出てきてもポジティブなコミュニケーションを取れる雰囲気が、「心理的安全性が確保された組織」といえます。
エドモンドソン教授は、心理的安全性を損ねる要素として、以下の4つを挙げています。
これらに共通していることは「自分を守りながら発言する意識が働く」ことです。このような意識が根付いた場合、上司の顔色をうかがうだけで、誰も意見を言わない組織になる可能性があります。
無知だと思われる不安がある場合、発言したら「こんなことも知らないのか」と思われる感情が働きます。このような状態に陥ると、疑問に思ったことがあっても質問できなくなります。そうなると、疑問点を解決しないまま業務を進めることになり、ミスしたことにも気付きません。結果としてミスやトラブルの原因になります。
能力がないと思われる不安があると、仕事ができない人と思われたくない感情が働きます。このような感情が働いた場合、失敗したときにそれを隠そうとします。その結果トラブルの発見が遅れ、取り返しのつかない状況になる可能性も考えられます。
最悪の場合、その不安がさらに大きくなるといった「悪循環」に陥ってしまうこともあります。
邪魔をしていると思われる不安がある場合、自分の存在が組織に迷惑をかけているのではないかといった感情が働きます。この不安は、業務がスムーズに進んでいない場合に感じます。
自分の存在が邪魔だと思うことで、発言自体を恐れてしまうのです。その結果、さらに業務の遅延が発生するケースがあります。発言自体を不安に感じることで、業務への改善意欲もなくなり、悪循環に陥ってしまうことも懸念されます。
ネガティブだと思われる不安があると、否定的な人間だと思われてしまうのではないかといった感情が働きます。そのためネガティブな意見が必要な状況でも、発言することを避けてしまいます。業務を進めるうえで問題が見つかれば、ネガティブな意見であっても言わざるを得ません。
ネガティブだと思われる不安から意見を言わなかった場合、避けることができた問題が発生し、ビジネスチャンスを逃す可能性もあります。
ここでは、心理的安全性がもたらす効果について解説します。
心理的安全性がもたらす効果として、生産性向上につながることが挙げられます。心理的安全性が保たれている環境では、些細なことでも相談する状況が当たり前になります。意見やアイデアが出やすくなるため、改善案や最適な対策を見つけ出すことが可能です。
些細なことでも相談することでミスの防止にもつながり、ひいては生産性も向上します。
エンゲージメントが向上することも、心理的安全性がもたらす効果です。心理的安全性が高い環境は、対人関係の心配事がありません。組織のメンバーに対してネガティブな感情がないため、組織の雰囲気も活性化します。
組織の雰囲気が良くなることで、仕事や組織に対する帰属意識が生まれるため、能動的に動けるようにもなります。
離職率が低下することも、心理的安全性がもたらす効果のひとつです。従業員エンゲージメントが向上することで、メンバーの悩みに対して組織として解決する動きが発生します。組織に必要とされていることを実感できるため、会社への信頼度も上がります。
結果として、離職率低下だけでなく、採用コスト削減にも効果的です。
情報交換の増加により、チームの知識量が増えることも、心理的安全性がもたらす効果です。心理的安全性が高い場合、業務に関する会話や日常会話の量が多くなります。メンバー間でのコミュニケーションが増えるため、情報交換の量も増加します。
メンバーが持っている知識を組織で共有することで、組織としての知識量増加につなげることも可能です。
心理的安全性がもたらす効果には、イノベーションの推進も挙げられます。メンバーに対し、意見を受け入れる雰囲気を作ることで、新しい考え方が出てくるでしょう。その意見に対し、ほかのメンバーがさらに意見を出すようになれば、一つの意見がブラッシュアップされ、画期的なアイデアになります。
そのようなアイデアを積み重ねれば、イノベーションの推進につながるでしょう。
心理的安全性の作り方として挙げられるのは、お互いの存在を承認し、尊重することです。上司と部下の関係性において、仕事の成果とともに人格まで否定するような行動を取ってしまうケースがあります。
人格を否定されることで、存在自体を否定されたと感じる人は少なくないでしょう。仕事の成果の前に、人としての存在を認め、尊重した態度を取ることで心理的安全性は確保されます。以下のような行動を取ることで、存在自体を承認することにつながります。
とくに立場的に人の上に立つマネージャーは、「部下を萎縮させるマネージャーこそ成長における最大の妨げ」であることを理解する必要があります。マネージャーが心理的安全性に与える影響を理解し、お互いを尊重し合える組織を作ることが大切です。
2つめの心理的安全性の作り方は、業務以外で会話する機会を作ることです。業務の話をするだけでは、心理的安全性は作れません。その日の出来事や趣味趣向といった話をすることで、仕事以外の一面を知ることができ、お互いの距離が縮まります。
定期的に食事会や飲み会を開催すれば、会話の機会を作れるでしょう。ただし、決して無理強いをしてはいけません。飲み会の雰囲気自体が好きではない人や、お酒が苦手な人、家庭の事情で早く家に帰らなければならない人など、さまざまな事情があります。
食事会や飲み会を強制参加にした場合、心理的安全性を作るどころか、嫌悪感を抱く可能性もあります。個人の考えを尊重し、少人数でのランチやおやつタイムの設置など、事情に配慮した方法を選ぶことも大切です。
3つめの心理的安全性の作り方は、話しやすい雰囲気を作ることです。心理的安全性は、問題が発生したときにその影響が出てきます。心理的安全性が確保されていない場合、問題が発生してもなかなか言い出せず、問題がさらに大きくなるケースがあります。
いつでも話しやすい雰囲気を作ることで心理的安全性が確保され、問題が発生した際や、わからないことがあった際にすぐに相談できるでしょう。話しやすい雰囲気を作るには、メンバーの目を見ることや相づちを打つといったアクションが効果的です。
また、いつも質問に答えてしまうと、メンバーからは「いつも頼ってしまい申し訳ない」という感情が生まれます。常に質問に答えるのではなく、メンバーに考えさせたり調べさせたりするようなアプローチも大切です。
4つめの心理的安全性の作り方は、愚痴や不満をそのまま言うのではなく、建設的な言葉で言い換えることです。仕事を進めるうえで、不満を感じることは当然のことです。メンバーからも愚痴や不満の声が出てくることもあるでしょう。
これは決してネガティブなことではありません。心理的安全性が確保されていない環境では、そもそも愚痴や不満すら口に出せないためです。
そのため、愚痴や不満の声が出ること自体は、心理的安全性が確保されている証拠です。ただし、その声が大きくなった場合、ネガティブな雰囲気が蔓延する可能性が懸念されます。
愚痴や不満の声が出てきた場合、声を受け入れ、建設的な話をすることでポジティブな雰囲気が生まれます。例えば「忙しくて大変」という愚痴が出てきた場合「ここを乗り越えたら休みが待っているよ」「一度覚えてしまえば、次からはじっくり取り組めるよね」といった言葉を投げかけることで、ポジティブな感情が生まれるでしょう。
否定することなく、建設的な方向へ導くことで、心理的安全性の確保につながります。
5つめの心理的安全性の作り方は、発言の機会を均等にすることです。一見風通しが良さそうに見える組織でも、会議の場になると特定のメンバーしか発言しないケースがあります。
このようなケースの場合、発言するメンバーの意見が採用されることが多くなり、発言しないメンバーの不満が溜まっていく可能性が考えられます。そのような事態を回避するためには、会議での発言システムを見直すことが有効です。
ファシリテーターが1人ずつ発言させるように促したり、最後に感想を言う時間を設定したりといった方法であれば、発言の機会を確保できます。なかなか発言できないメンバーに「意見を言うのは楽しい」と理解してもらう機会を作ることが大切です。
6つめの心理的安全性の作り方は、立場が上の人こそ弱みを見せることです。マネージャーが弱みを見せない場合、メンバーも弱みを見せづらくなります。そうなった場合、愚痴や不満も声に出せなくなり、結果としてネガティブな雰囲気が蔓延するでしょう。
マネージャーが弱みを見せることで「ここでは弱みをさらけ出せる」「気持ちを隠さなくてもいい」といった感情が生まれます。次のような行動を意識しましょう。
マネージャー自身が弱さを見せることでメンバーは安心し、チームの心理的安全性向上につながります。
7つめの心理的安全性の作り方は、評価基準を明確にすることです。メンバーは自分の評価が気になるものです。評価に対して不満を持っているメンバーや、評価基準に不信感を持っているメンバー、評価を気にして思い切った意見を言えないメンバーもいます。
評価基準を明確にすることで、どのような行動が評価されるのかがわかるため、不信感を持つメンバーが出てきません。評価を気にして発言できないといったケースも減ります。
違う発想として、個人への評価を廃止する方法もあります。チームとして評価をする方法や、評価自体を廃止するのも選択肢の一つです。状況に合わせて、自社に適した評価基準を設けましょう。
8つめの心理的安全性の作り方は、メンバーに成功体験を積んでもらうことです。自分の意見をなかなか発言できないメンバーにとって、意見を言うことは勇気が必要です。発言すること自体に恐怖心を持っている人もいます。
そのようなメンバーに発言してもらうには、発言が認めてもらえたという成功体験を積んでもらうことが有効です。成功体験を積むことで、発言に対する恐怖心が和らぎます。
例えば、会議の場において選択が必要になった状況で、なかなか発言できないメンバーに選択してもらいます。選んだものや理由に対しポジティブな反応をすれば、メンバーは発言することに対して自信を持てるようになるのです。
このような小さな成功体験を積み重ねることで、発言しやすい雰囲気が構築され、心理的安全性の確保につながります。
くれぐれも、馴れ合いの関係にならないように注意しましょう。ここでは、心理的安全性を作るときのポイントについて解説します。
心理的安全性を作るときのポイントとして、叱れない上司を増やさないことが挙げられます。近年では、パワハラやモラハラといったハラスメントが注目され、それを意識するあまり、部下を叱ることを躊躇する上司が増えています。
たしかにハラスメントがある組織は、心理的安全性が確保されているとはいえません。しかし、必要以上に気を使いすぎると業務に支障が出ます。「心理的安全性が確保されている組織」と「叱られなくて楽ができる組織」は同じ意味ではありません。
やってはいけないことをした場合は叱らなければ、次も同じことを繰り返してしまいます。そうなると周囲にも迷惑をかけることになり、やがてネガティブな雰囲気が蔓延します。
決して人格を否定せず、行動に対して叱るようにしましょう。
2つ目のポイントは、メンバー全員の感情に気を配ることです。心理的安全性を確保するための対策が進むと、組織の雰囲気に対し良い手ごたえを感じるようになります。
しかし、組織全体は良い雰囲気になっていても、なかにはまだ遠慮がちなメンバーが残っているケースがあります。1人でも遠慮しているメンバーがいる組織は、心理的安全性が確保されているとはいえません。
時間をかけて一人ひとりに目を向けることが、結果的に早く関係性を構築できることにつながります。
3つ目のポイントは、馴れ合わないことです。「心理的安全性が確保されている組織」と「リラックスしている組織」は同じではありません。リラックスしすぎて馴れ合う関係になった場合、立場を無視した言動や、失敗してもおざなりにするといった行動が出てきます。
そのような組織の生産性が上がっていくことは想像できません。業務中とそれ以外の時間でメリハリをつけ、お互いに刺激し合う関係を構築しましょう。
4つ目のポイントは、1on1を行うことです。1on1とは人材育成や人事評価に使用される手法の一つで、マネージャーとメンバーでの対面ミーティングのことです。
2人で話し合うことで、メンバーの意見をじっくり聞けるだけでなく「個人のために時間を用意している」メッセージになります。1on1を定期的に開催すれば、メンバー一人ひとりの存在を認めながら意見を聞くことが可能です。それにより、組織全体の心理的安全性も高まります。
5つ目のポイントは、ピアボーナスを取り入れることです。心理的安全性は、自分が必要とされていると感じるほど高まります。必要とされていることを感じるのは、感謝されたときです。
感謝の気持ちを伝える手法に「ピアボーナス」があります。ピアボーナスとは、メンバー同士でボーナスと感謝の言葉を送り合う制度です。感謝の気持ちを見える化できるため、受け取った人の心理的安全性が向上します。
ボーナスは、少額のお金やギフト券など会社によってさまざまです。自社に適したボーナスを選びましょう。
どのような意見が出てきても、ポジティブなコミュニケーションを取れる雰囲気が「心理的安全性が確保された組織」といえるでしょう。心理的安全性を確保することで、生産性やエンゲージメントの向上、イノベーションの推進といった効果を期待できます。
心理的安全性を作るには、お互いの存在を認め合うことが大切です。話しやすい雰囲気を作るためにも、マネージャーのアクションがポイントになります。主な手法として、1on1やピアボーナスの導入が効果的です。
決して人格を否定せず、お互いを尊重し合える取り組みをすることで、心理的安全性が確保された組織になります。自社に合った取り組みを実施し、生産性向上につなげましょう。