企業理念には、「自社はなぜ存在するのか」「どのような目的で経営を行うのか」「自社はどのような目標に向かっているのか」などの内容を含むのが一般的です。企業理念は、企業にとっての人格形成を担うものであり、マインドアイデンティティ(MI)と呼ばれることもあります。
マインドアイデンティティは聞きなれない言葉かもしれませんが、企業の思想や理念など、企業にとっての根本となる考え方、特徴を表すものです。企業活動における判断基準となり、意思決定の軸となる重要な要素とされます。
企業理念とよく似た言葉に「経営理念」があります。両者は同じ意味で使われていることも多いのですが、差異化するとすれば、経営を行う上で経営者が大切にしている考え方や信念、価値観などを明文化したのが経営理念です。
多くの場合、経営理念には「経営を行う上での目標」「目標を実現するための手段」などが記載されます。経営理念は、経営者が交代すると変更される可能性があります。一方、企業理念は企業の存在意義をベースに、意思決定の判断基準や社員の行動指針を定めたものであり、経営者が変わっても原則として引き継がれるものです。
一般的に、企業理念は経営理念の上位に位置する概念と考えられています。経営理念は、企業理念を具体的な行動に落とし込んだものといえるでしょう。経営理念が社内向けに企業運営の土台となる考え方を伝えるのに対し、企業理念は社外に向けて自社のイメージ作りを行うという性質も併せて持っています。
企業理念として、短い1つの文言だけを示している企業もありますが、それはミッションやビジョンだけを取り出して、企業理念としているケースでしょう。上記の5要素に分解して、企業理念を作成する必要はありませんが、社内向けには5つの要素がしっかり存在していることが重要です。ここでは、5つの要素それぞれについて詳述していきます。
企業理念を構成する5つの要素のうち、中核をなすのがミッションです。ミッションとは「日々果たすべき使命」を意味し、何を成し遂げ、どんな付加価値を社会に提供するのかを表します。
ミッションは「企業のSEEDS(顧客に提供できる価値や強み)」と「社会のNEEDS(顧客が求める潜在的な欲求)」の重なり合う部分に位置する概念です。SEEDSの観点で自社の「強み」や「らしさ」を分析し、NEEDSの側からはどのような課題を解決できるのかを探ることで、両者の接点にあるミッションを発見していきます。
自社の将来像や、社会に対してあるべき姿を示したものがビジョンです。ビジョンはミッションを踏まえて、5年後、10年後に実現したい自社の未来を描いたもので、「これまでの企業活動で重要視してきたもの」「今後に重要視していくもの」を明文化して、作成されます。
ミッションの遂行により、企業として到達を目指す「実現したい未来」がビジョンです。ビジョンには自社のことだけでなく、自社のビジネスを通じてどのような社会を作り上げたいかという、社会的意義や貢献といった「社会との接点」が盛り込まれます。
ビジネスをする上で大切にしたい信念や価値観をバリューと呼びます。バリューは、自社や自社ブランドが顧客や市場に提供している、自社にしか生み出せない独自の価値や強みを表し、企業における判断や行動の基礎となるものです。
バリューを検討する際に重要なのが、「誰に対してのバリューなのか」を整理することです。顧客、社員、取引先、株主などステークホルダーごとにバリューを分けて考えると、まとまりのある内容になるでしょう。
ミッション、ビジョン、バリューの3要素は、「MVV」と総称されることもあります。
スピリットは、ミッション、ビジョン、バリューの3要素の実現に向け、自社に属する従業員それぞれが日々どう考え、どう行動するかを示したものです。「行動指針」や「クレド」と呼ばれることもあります。
「クレド」は、元々はラテン語で「信条」「志」などを意味する言葉です。クレドは、ビジネスの場では「従業員がどのように行動すべきか」を具体的に文章で示したもので、業務を行う際の参考として用いられます。
スローガンは、上記ミッション、ビジョン、バリュー、スピリットの4要素を印象的なキャッチコピーに落とし込んだ「合言葉」です。自社や自社ブランドのミッションやビジョンを、顧客や市場に向けて、自社「らしさ」を踏まえながら、簡潔に伝えるツールともいえるでしょう。
ややもすれば説明的で、長くなりがちな企業理念を、その企業を知らない人にもわかりやすく、社内外での認知が容易になるように一言で表現されたものがスローガンです。
企業理念は、自社の従業員が将来行くべき道筋を示す羅針盤となるものです。企業理念を構成する5つの要素のうち、ミッションとビジョンが特にこの役割を担っています。
企業活動において従業員は、日々それぞれに自分の仕事をこなしていますが、従事する業務の最終的な到達点をイメージできているかどうかで、成果に大きな違いが出てきます。企業理念がなければ、果たすべき使命(ミッション)や実現したい未来(ビジョン)が曖昧になり、従業員は企業の存在意義を見失いかねません。
企業理念は、経営を進めていく上での判断基準にもなるため、従業員がこれを理解していれば、同じ基準で物事を判断できるようになるでしょう。
企業理念が従業員に浸透していれば、従業員が働きがいを感じやすく、エンゲージメント(企業への愛着心)や生産性が高く維持されることが期待できます。従業員のエンゲージメントが高まれば、企業の持続的な成長にもつながるでしょう。
企業理念を採用現場に反映することで、自社の価値観に共感する人材を選り抜くことができます。企業理念に共感している従業員は組織に対する忠誠心が高く、ミスマッチによる早期離職などの可能性が低くなる効果も見込めるでしょう。
企業理念が浸透している企業では、「自社が何を目指しているのか」「自分すべき行動は何か」などが、従業員に明確になります。それによってエンゲージメントも高くなり、「この企業の一員である」という意識が根付くことで、責任感の高まりとともに業務パフォーマンスの向上も期待できるのです。
企業にとって、組織に対する忠誠心の高い従業員は財産です。教育や研修によってスキルを高めることで、自社の競争力はさらに高まるでしょう。
企業理念には、自社がどのように社会に貢献していきたいか、社会に対してどのような価値を提供できるかなどのメッセージを込めることができます。社内だけでなく、社外に対しても企業の価値観や活動内容を伝えられるのが、企業理念のメリットの一つです。
企業理念をベースとして、従業員が統一的な行動を取ることができるようになっていれば、顧客の信頼は厚くなるでしょう。多くの顧客から信頼を得ることでイメージが向上し、売上高や利益の向上へとつながる可能性が高まります。
自社の考え方が社外にも理解されることによって、良い印象を広く与えることができるようになれば、企業理念に共感した人材の獲得にも役立つでしょう。
企業としての価値観や存在意義を示す企業理念を作るには、経営者自身の実体験がヒントとなることもあります。経営者の実体験の振り返りから企業理念に沿う考えをまとめて、作成のベースとするのも一案です。振り返りの際には、以下のような問いかけが有効でしょう。
企業理念を作る際は、社会的意義や、自社が置かれている状況などについて、擦り合わせを行うことも必要です。市場における自社の位置づけや、企業としての強み、あるいは弱みなど、多角的な視点で自社の置かれた状況を正確に把握しましょう。
自社を分析することで確認できた強みについて、どのように活用すれば、自社が実現させたいことを達成できるか検討します。社会的意義と自社の強みを組み合わせることにより、理想の将来像を実現するための、企業としてのスローガンに結び付きやすくなるでしょう。
企業理念は、自社が向かう目標を盛り込んで作られるのが通例です。企業としての理想像や、成し遂げたい業績を考え、企業理念として言語化していく作業が必要です。「海外展開したい」「上場を果たしたい」などの理想像をイメージし、言葉にしましょう。
理想像と併せて、企業として「どうしてもやりたくないこと」も洗い出します。「下請け企業には甘んじたくない」「値下げ競争はしたくない」など、やりたくないことを列記し、理想像と対比させましょう。
いざ企業理念を作成しようと思っても、どこからどう手を付けたらよいかわからない、ということも多いでしょう。そういった場合にはまず、すでにある他社の企業理念を確認してみることをおすすめします。
他社の企業理念を参考にする際には、以下の3点を考慮するとよいでしょう。
企業理念は社外に向けたイメージ戦略の一環でもあるため、わかりやすく伝わりやすい文章にしたいものです。そのため、実際に成功している企業の事例を参考にするのは重要です。自分自身の言葉にこだわりを持つと、わかりにくい表現になってしまい、伝えたい理念が社内外に届かない可能性が出てきます。他社の企業理念を客観的に見ることで、自社の企業理念のイメージ作りができるでしょう。
自社の企業理念をホームページなどで公開している企業も少なくありません。気になる会社の経営理念を調べて、参考にするのも一案です。本記事でも、有名企業5社の企業理念をご紹介しています。
企業理念は変えてはいけないもののようにも思われがちですが、そうではありません。時代や社会の変化に応じて、定期的に見直しをした方がよいでしょう。
企業理念を策定して年月が経てば、経営や事業のプロセスで、役員や従業員も成長していると考えられます。企業が成長し、従業員のレベルが高くなったのであれば、高いレベルに合わせた、さらに社会に貢献できる企業理念へと見直すことが可能です。
企業理念を基にした経営が、時代に合わずにうまくいかないことも考えられます。そういう場合は古い企業理念を固守するのではなく、フレキシブルに見直しを行って、より良い企業理念へとブラッシュアップさせましょう。
朝礼での唱和やポスターの貼付、企業理念の研修を行うなどにより、従業員が企業理念にふれる回数を増やせば、覚えやすくなります。声に出したり、無意識に目に入ったりすることで、従業員が自然に企業理念を覚えることが期待できるのです。ハンドブックの配布や研修の実行などをすれば、従業員が企業理念に共感を持つことができ、自ら深く考える機会も増えるでしょう。
企業理念の作成時に、従業員を交えて検討を行えば、従業員も企業理念を自分に関連することととらえるでしょう。人間は、一度決めたことは守ろうとする心理が働くとされ、企業理念の作成に関与した従業員は、その後の業務でも企業理念を反映した働きが見込めます。
企業理念の遵守を業績評価の指標に組み入れれば、従業員は自主的に企業理念に沿った行動をするようになります。企業理念の遵守は、売上高や数量のような定量的な指標ではないため、無理をして数字を追うような行動が抑制されると考えられるためです。評価を高めることが動機であっても、従業員の意識改革には役立つでしょう。従業員が自ら企業理念を守るような仕組みを作るには、評価への反映が最も効果的とされます。
上記以外では、経営層や管理職階層が企業理念を実践することも重要です。会社を引っ張る立場の人たちが企業理念に反する行動をしていては、従業員への浸透は望めません。経営層や管理職階層は、発言や行動が全従業員の模範となるよう心掛ける必要があります。組織内のキーパーソンに企業理念に沿った行動を教育し、周囲にお手本を示してもらうなどの方法も考えられます。
世界の検索サイト市場を席巻するGoogleは、自社サイトの企業紹介ページで「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです」というミッションを、大々的にうたっています。
同社は企業理念として「Google が掲げる 10 の事実」を公開しており、随時リストを見直しています。10の事実は以下のとおりです。
「10の事実」からは、ユーザーの利便性を第一に考え、サービスを絶え間なく改善し、ユーザーの貴重な時間を無駄にしない……など、同社が考える価値観や行動規範が明確にわかります。
ショッピングサイトを中心に、月額会員制娯楽サービスやクラウドプラットフォームなどを幅広く世界展開するAmazonは、「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」を目指していると、同社のコーポレートサイトで掲げています。
それと並んで、「インターネット上で、お客様がオンラインで求めるあらゆるものをいつでも検索し発見できること」を同社のミッションと位置付けており、aからzまで伸びた矢印で「全ての商品が揃っている」ことを示すロゴマークと併せて、同社の実現したい未来を表しています。
アパレルの有力ブランド「ユニクロ」などを展開するファーストリテイリングは、グループのミッションとして、以下の2点を明示しました。
ミッションを具体化するものとして規定された「私たちの価値観(Value)」が、以下の4点です。
全体を貫く理念は「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というステートメントで表現されています。
大手自動車メーカーのトヨタ自動車が1992年1月に策定した企業理念「トヨタ基本理念」は、1997年4月の改定を経て、以下の7項目で構成されています。
この基本理念は、「企業を取り巻く環境が大きく変化している時こそ、確固とした理念を持って進むべき道を見極めていくことが重要」との認識から作られ、コンプライアンスやダイバーシティ、地球環境保全などの今日的な課題も多く盛り込まれたものです。
携帯電話キャリアの一角を占めるソフトバンクは、「情報革命で人々を幸せに」という経営理念を掲げ、その下で「『世界に最も必要とされる会社』を目指して」というビジョンを掲げています。
これらによって、情報革命によって人類と社会に貢献する姿勢を示すとともに、これまで同社が築き上げた事業基盤とデジタル技術の力で、誰もが便利で快適かつ安全に過ごせる理想の社会を実現したいとの思いを表現しました。
企業理念には、従業員のモチベーション増進や企業イメージの向上など、実践的なメリットも多くあります。企業理念を自社に浸透させて、さらなる成長を目指しましょう。