介護職は見聞きするだけでも大変な仕事だと感じ、離職率が高いのではないかと思う人は多いようです。しかし、実際は介護職の離職率は緩やかに下がる傾向にあります。
ここでは介護職の離職率の推移と、他業種と比較した場合の離職率の高さを詳しくみていきましょう。
2023年10月に、公益財団法人介護労働安定センターが公表した「令和4年度介護労働実態調査」によると、訪問介護員および介護職員の2022年の離職率は14.4%でした。これは前年と比べれば0.1ポイント上がってはいるものの、近年のピークだった2009年(21.6%)以降、おおむね減少傾向にあるといえます。
直近1年間の統計を見ると、採用者数1万6,177人に対して離職者数は1万4,433人と増加しています。しかし、その多くは介護事業を開始して5年以上、または10人以上の規模の事業者です。とくに事業開始後3年未満の事業者は、採用率は高いものの離職率も高いことがわかります。
参照元:公益財団法人介護労働安定センター「令和4年度介護労働実態調査」
介護職における離職率は、他業種を含めた全産業の離職率と比較するとよりわかりやすく評価できます。先ほどの介護労働安定センターによる介護労働実態調査と、厚生労働省による「令和4年雇用動向調査」によれば、2022年の離職率は全産業平均15%に対して介護職は14.4%と0.6ポイント下回っていました。
全産業の平均離職率は2019年と2022年で上がっていますが、介護職の離職率は緩やかですがおおむね下がり続けている状況です。社会の多くの産業で離職率が上下しているにもかかわらず介護職の離職率が下がっていることは、介護職の離職率がまさに改善している証といえます。
離職率が改善傾向にあるとはいえ、介護業界は依然として超高齢化社会による介護ニーズの急増への対応を迫られ、厳しい状況にあるといえます。放ってはおけない現状に、国もさまざまな施策で現状の打開を試みている段階です。
ここでは、離職率が改善してきた介護業界の現状と国の施策を解説します。
内閣府が後悔した「令和5年版高齢社会白書」によれば、65歳以上のいわゆる高齢者の人口はすでに3,624万人にのぼり、総人口の実に29.0%に達しています。2010年をピークに総人口は減少の一途をたどる一方で、15歳から64歳の生産年齢人口は減少を続けている状況です。
2040年には高齢者人口が総人口の3分の1を占めると推定されており、介護サービスのニーズはますます高まると考えられます。しかし生産年齢人口が減少し、他の産業と同様介護業界も人手不足に悩まされているのが現状です。先に紹介した令和4年度(2022年度)の介護労働実態調査では、人材不足を感じている介護事業所の割合が66.3%と、高い数値となっています。このことからも、人手不足の深刻さがうかがえます。
参照元:内閣府「令和5年版高齢社会白書」
介護業界における「将来のニーズの高まり」と「人材不足」というギャップに対し、国は次の3つの施策による改善を見込んでいます。
1つめは「介護福祉士等修学資金貸付制度」で、これは介護福祉士や社会福祉士を目指し養成施設で学びたい人へ、修学資金を無利子で貸し付ける制度です。「貸付」とされていますが、当初の目的どおり介護福祉士や社会福祉士として一定期間勤務すると、返済が免除されます。
2つめは一定の条件を満たす介護職への再就職を希望する人に対して、準備金を最高40万円間で貸し付ける「再就職準備金貸付事業」です。こちらも「貸付」ですが、貸付後2年間介護職の業務に従事すれば、返済は全額免除されます。
3つめは、「介護職員処遇改善加算」です。これは定められた要件を満たした介護職員の給与が加算される制度で、加算される金額は月額では最高3万7,000円にものぼります。
これらはいずれも厚生労働省の制度で、介護職へのなり手を増やし、続けていくための待遇を改善するための施策です。他の産業に比べると、ニーズの高まりに対する人手不足はいよいよ深刻であることがわかります。
参照元:厚生労働省「介護福祉士・社会福祉士を目指す方々へ(修学資金貸付制度のご案内)」
参照元:厚生労働省「介護職として再就職をお考えの方、初めて働くことをお考えの方へ(再就職準備金、就職支援金のご案内)」
参照元:厚生労働省「介護職員の処遇改善」
介護職は、高齢者の暮らしの一部をサポートし生活の質を上げることができる、非常に意義のある仕事といえます。しかしなかには、働き始める前と後にギャップを感じ「こんなはずではなかった」と離職する人がいるのも事実です。
ここでは、介護職員が離職するときの主な理由とその原因について解説します。
多くの人たちと協力し、分担して職務に取り組む仕事では、少なからず人間関係で思い悩むことはあります。なかでも介護職はかかわる人間の種類や数が多い職場です。
現場で協力して介護にあたるスタッフやリーダー、上司とは、業務上の意見の違いや信頼関係、評価などが人間関係を複雑にすることもあります。接することの多い被介護者とは、わがままな要望に応えるストレスや、なかには暴言や暴力を受けてしまうことも少なくありません。また被介護者の家族と接することも多い訪問介護では、介護内容や技術、手順などについてのクレームをいわれることもあるようです。
どれほど理想に燃えていても、実際の業務や作業とは関係ないストレスに悩まされると、介護職に取り組む意欲が損なわれてしまう可能性があります。
介護業界は、慢性的な人手不足という問題を抱えています。介護職の人数が変わらなくても、被介護者の数や介護項目が増えれば、結果的に陥るのはやはり人手不足です。
高齢化の進行により、介護サービス利用者はさらに増えると予想されます。業務負担は昨年より今年が、先月より今月が大きくなると考えられます。そうなれば残業が増えて休憩や休日も満足にとれない、といった状態が慢性化し、スタッフも疲れがとれずに体調を崩しかねません。
そうなる前に「私にはできない」と離職してさらに人手不足を深刻になるという悪循環に陥り、さらに人手不足の悪化を招く可能性もあります。
一般的に、介護の職場は勤務時間や業務内容が不規則です。とくに被介護者が入居する施設では、日勤のほかに、早番・遅番・夜勤・準夜勤などのシフト勤務があります。そのため、「平日だけ9時から17時まで仕事をして、19時に夕食をとり、22時には就寝する」といった規則正しい生活はできません。
独身であれば無理に睡眠を取ることもできますが、家族がいると制限されるのが現実です。思うようにリズムが戻らず、体調を崩してしまうこともあります。
そもそも介護職では体の不自由な被介護者の身体介助をすることも多く、介護の技術だけでなく体力も求められます。現場での身体介助は教科書どおりにいかないことも多く、無理な体勢で介助してぎっくり腰を患ったり、そこまでではなくても慢性的な腰痛や肩こりに悩まされたりすることは多いのが現状です。
どれほど人間関係にストレスがあり、勤務が不規則で身体的な負担は大きいとしても、人によってはそれなりに高い給与であれば続けられるでしょう。しかしこのような大変で難しい仕事でありながら介護職は、給与が低い状況が続いています。
介護職の給与が低いのは、給与となる財源のほとんどを介護保険による介護報酬でまかなっているためです。生産年齢人口が減っている現在、介護保険は現役世代の保険料負担と、一方で被介護者や被介護者の家族の負担を減らすための介護報酬とのバランスをとらなくてはならない厳しい状況にあります。
介護保険料の大幅な増加が見られない以上、介護施設が得る介護報酬ひいては介護職給与の増額は難しい状況です。
介護施設と介護職に共通するのは、「被介護者のより質の高い生活を支援する」という目的です。しかし、介護施設は一つの事業体であり、一般企業と同様に良好な経営が求められます。
介護施設からの指示や命令が、介護職にとっては納得いかず、目的に反する場合もあります。介護職が「一人ひとりにぴったりな丁寧な介護をしたい」と考えていても、施設は「一人にあまり時間をかけず、数をこなして欲しい」と求めるような事態は、施設と介護職のスタンスが合っていない1つの例です。
スタンスが合わない状況にあっても、介護職員は給与を受け取って働いている以上、ある程度は協力する必要もあります。やはり介護施設と介護職の間で、一定のコンセンサスは必要です。
介護職は体力的にも精神的にも消耗しやすく、都度回復しなくては続けるのが難しくなりやすい仕事です。独身であれば自分なりの回復方法を取り入れたり時間を確保したりも自由にできます。しかし結婚・出産・子育て・介護などライフステージが変わると、対応できなくなる場合があります。「変化に対応できないから」と離職する介護者は、少なくありません。
介護業界は慢性的な人手不足であり、産休や育休、介護のための時短勤務といった支援制度が整っていない施設が多いのも現状です。子育てや家族の介護には体力も必要なため、介護職のような消耗しやすい仕事との両立は簡単ではありません。
このような状況にある人が介護職を目指すのであれ、ライフスタイルに合わせた支援制度が機能している施設を選ぶ必要があります。
求職者の立場で考えれば、せっかく介護職として働くなら、できるだけ離職せずに長く続けられる職場を選びたいでしょう
ここでは介護職の求人において離職率が高いと判断されやすいポイントをみていきましょう。
求職者は採用のハードルが低い求人に対して、「より早く人手を確保したい」という施設側の意向が反映されていると考えることがあります。たとえば職員数50人前後の規模の施設で、採用予定数が10人など多い場合です。
「新規事業所を立ち上げる」「事業を拡大する」など、正当な理由のために多数採用することはあります。そうでない場合は、多数の離職者が出てしまったための採用であると判断されやすいため、注意が必要です。
ハローワークの求人情報や求人サイトなどでは、特定の施設名や法人名が頻出する場合があります。介護業界としては人手不足が慢性化しているのは公然の事実であるため、施設がいつも求人募集していても不思議ではないと考えがちです。
しかし、よく求人を出している施設は、そもそも採用者または応募者が少ない、または離職者が多い、あるいはその両方である可能性が高いと求職者から判断される恐れがあります。そのため施設としては、掲載する期間や時期、掲載メディアを適切に変えるような配慮も必要です。
給与が相場に比べ高すぎる場合も、注意が必要です。たとえば、給与額に残業代の占める割合が高いと、残業時間が多いと判断される可能性があります。ほかにも採用後の離職率があまりに高く、常に応募者を集める必要があるため高い給与に設定していると考えられることもあります。
勤務時間や平均残業時間、年間の休日日数、スタッフ一人あたりの夜勤回数、基本給、各種の手当の金額といった待遇を明示していない施設には、そもそも求職者自身が働くイメージを持ちにくいため求人内容として適切とはいえません。
このような施設は、待遇面がうやむやになっていたり、応募者数を確保するためにあえて厳しい項目の記載は避けているのではないかと判断される可能性があります。たとえば「残業なし」「夜勤なし」の施設を探している求職者は、他の待遇に魅力を感じても、応募を避けてしまうかもしれません。
そのため施設には、求職者が気になるだろうと考えられる項目には、できるだけ的確に明示することが求められます。
介護施設は、多くの被介護者が利用する場所であるため、いつも安全で清潔に保つ必要があります。清掃が行き届いていない施設は、スタッフが衛生面に配慮する余裕がないほどあわただしく、業務量の多い施設であると判断されやすいため注意が必要です。
施設の清潔感は、内部にただようニオイに顕著に現れます。洗濯・清掃・汚物処理などが適切にされていないキッチン・洗面台・浴室・トイレなどには、独特のニオイが残ってしまうためです。
他にも部屋の隅や家具の下、トイレ、浴室、脱衣場など施設内のあらゆる場所がチェックされます。衛生的でない印象を与えてしまう施設は、適時・適切に清掃・処理できないほどの人手不足や、施設全体における衛生管理意識の低さがうかがえるため、応募を避けてしまうでしょう。
求職者にとっては、採用される前の面接や見学会などでのスタッフたちの表情や立ち居振る舞いも大事なチェック項目です。もしスタッフに笑顔がない、または表情や振る舞いに強い堅さを感じたら、それは業務量が多すぎて余裕がない、職場環境に不満があり慢性化しているととらえる傾向があります。
スタッフの表情は、直接接する被介護者の生活や心情への影響も少なくありません。ただ「笑顔がある」だけでなく、その笑顔が被介護者にどのように受け止められているかが大切です。うわべだけでない笑顔は、良好な人間関係が構築できているかどうかが現れる証の一つといえます。
求職者としても介護職員として働くなら、できる限り理想に近い施設を選びたいでしょう。従業員同士の様子も、客観的な視点で「好ましいかどうか」を判断する必要があります。
多くの介護職員は意欲的に業務に取り組み、被介護者の高い満足度を維持することを目指しています。これは今後採用される応募者にとっても同じです。
離職率を抑えるには、ある程度明確な目標を設け、改善できているかどうかを常に意識しておく必要があります。ここでは介護職員の離職率を下げるための対策におけるポイントを見ていきます。
介護職員の離職を防ぐには、仕事による適切な評価が欠かせません。評価者(施設長やリーダーなど)によって評価基準が違えば、不公平と感じ、介護職の離職原因になります。
そのため評価制度を体系化し、誰もが確認できる状態にしておくことが大切です。「何がどのように評価されるのか」「自分はどのような努力をする必要があるのか」が明確になれば、日々の目標が定まり、日々の業務も意欲的に取り組めるようになります。
介護職の多くが仕事にやりがいを感じ、知識や技能を現場で活かしたいと考えて就職します。しかし現場の業務は種類・量ともに多く、介護職を目指した当初の純粋は思いを忘れてしまいがちです。
施設が先立って定期的に勉強会や講習会を開催すれば、モチベーションの低下を防げます。人材不足の状況では、研修や技術の習得にあまり時間をかけられないのも課題の一つです。施設が開催することで、内外に「教育に力を入れている」とアピールできる効果も期待できます。
介護の現場では、複数の介護職員がうまく連携して業務に取り組む必要があります。お互いの人間関係に問題があると介護サービスそのものに影響するため、ミーティングや一対一の面談などによるコミュニケーションの機会を設けることが重要です。コミュニケーションが希薄になると施設や他の介護職との「つながり」を感じられず、離職しやすい状況を招きます。
通常の連絡事項ならLINEやメールで十分ですが、それ以外のたとえば人間関係の悩みや、業務に関する技術的な問題は、やはり直接会って相談したり意見を交換したりできる状況が必要です。定期的に面談の時間を設けると、ふだんなかなか話出せない悩みを相談しやすくなります。
介護職の現場では、業務の効率化も重要なテーマです。介護職員には心の余裕が生まれ、業務に関連する周辺状況や追加業務の必要性といった別の視点を持てるため、業務へより意欲的に取り組めるようになります。
とくに「前からこうだから」という理由で、改善の必要性について検討されたことがない業務は要注意です。重複する内容のミーティングを合同で開催し、開催回数を減らすことで、現場の業務がはかどります。報告書の作成や勤務時間報告などは、ICTを活用することで効率化されます。効率化できる業務がないか、一度整理してみましょう。
介護職員の離職理由に多いのが、「結婚や出産、妊娠、育児」や「介護」といったライフステージの変化です。一時的な休職や時短勤務などでも対応できますが、欠員補充が十分でないと、「施設に迷惑はかけられない」と離職してしまう原因にもなり得ます。
ポイントは、業務や人員の割り振りの変更にどれだけスムーズに対応できるかです。突然欠員が発生したときにどのように対応するかを事前に想定し、仕組みを作って実際に運用できることを証明する必要があります。「業務を属人的にしない」「情報をこまめに共有する」といったオペレーション体制を構築しておくことが大切です。
ライフステージの変化は、勤務の形態や時間にも影響する場合があります。たとえば育児休暇後に復帰した介護職員の場合、以前にはなかった保育園への送り迎えや行事・保護者会への参加などの時間が必要となるため、時短勤務や休日への配慮が必要です。夜勤ができなかったり、残業を減らしたりしなければならない状況もあり得ます。
たとえば夜勤は夜勤専門の、勤務時間を短縮したならその時間分のみ勤務の介護職員の補充での対応が可能です。業務効率化によって、1時間単位のシフト時間短縮で調整するという方法もあります。
介護施設のほとんどが、運営の基準となる「理念」や「方針」を掲げています。これらは施設の価値観や判断基準となる重要なものです。しかし、なかには形骸化していることもあります。
理念がしっかり共有できていれば、運営上発生するさまざまな問題や、現場業務の認識の違いにも判断しやすくなります。
理念の共有には時間がかかるため、意識して定期的に正しく伝えることが大切です。最終的に理念を共有できるようになるまでは、会議やミーティングなどでの課題の討議中にあえて取り上げる必要もあります。
介護職の離職率は、介護業界における現場での改善や国の施策などによって減少傾向にあります。しかし、慢性的な人手不足や介護業務での身体的・精神的な負担の大きさから、離職する介護職員は後を断ちません。一部には採用と離職を繰り返す悪循環に陥っている施設もあるのが現状です。
介護職の人材を確保するためには、評価制度の明確化や教育体制の充実、施設内の円滑なコミュニケーション、理念の共有、ライフステージの変化への備えといったスムーズな対応が求められます。
今後のニーズの高まりに対応し十分な人材を確保できるよう、介護施設は離職の原因を踏まえ、適切に対応していきましょう。