「リカレント教育」とは、学びと仕事を往復しながら、仕事に役立つスキルを高めていくという教育のあり方をいいます。本記事では、リカレント教育の意味やメリット・デメリット、リカレント教育を受けるための支援制度などにつき、幅広く解説しています。
1.リカレント教育の意味とは
「リカレント(recurrent)」とは、「循環する」「再発する」といった意味を持つ英単語です。学校教育からいったん離れて、仕事に就いた後も、生涯にわたって教育と就労のサイクルを繰り返す教育と、その仕組みをリカレント教育と呼びます。
それぞれ個人が必要と感じたタイミングで再び教育を受けるため、「社会人の学び直し」「学び直し教育」と呼ばれることもあります。学び直す社会人にとっては、知識やスキルをアップデートし、その先のキャリア形成に役立つ仕組みといえるでしょう。
元々は1970年前後にスウェーデンで提唱された概念で、後に世界に広がりました。スウェーデンは人口が少ないため、各人が能力を高め、長く社会で活躍してもらう必要に迫られていたことが背景とされます。
欧米では長期間にわたって、フルタイムの就労と教育を繰り返すことが奨励されています。日本では仕事を辞めたり、休職したりしないで学び直すスタイルもリカレント教育の一部です。
1-1.リカレント教育と生涯学習との違い
リカレント教育と似た言葉に「生涯学習」があります。繰り返し学び続けるという点では同じですが、リカレント教育が仕事に生かすための学びを前提としていることに対し、生涯学習は、趣味やボランティアのような、仕事に限定されない学びを意味しています。生涯学習のほうが広い意味を持ち、その中にリカレント教育も含まれると考えてよいでしょう。
2021年8月20日付の政府広報では、リカレント教育の事例として「外国語」、MBAや社会保険労務士などの「資格習得系科目」、経営や法律、会計などの「ビジネス系科目」、「プログラミングスキル」などの学び直しを挙げていました。
一方、生涯学習については「生涯にわたり行うあらゆる学習」と定義づけ、学校教育や社会教育、文化活動、スポーツ活動、ボランティア活動など仕事に無関係なことや「生きがい」に通じる内容も学習の対象に含むとしています。
参照元:政府広報オンライン「学び」に遅すぎはない!社会人の学び直し「リカレント教育」
2.リカレント教育が注目される背景
近年、リカレント教育への注目度が高まっている背景には、社会の変化が急速に進み、長寿命化などで人生の送り方が複雑化していることなどがあります。この項では、リカレント教育が注目される理由について、4点にまとめて解説します。
2-1.急激な技術革新や社会の変化
AI(人工知能)やビッグデータ解析など、技術の進歩は目覚ましく、かつてないほど急激です。スマートフォンを子供から高齢者までほとんど誰でも持っていて、それを前提とするサービスが生まれているように、社会のあり方も変化してきました。
生活が便利になるとともに、ビジネスでも新しいツールが次々に登場しています。仕事をしている人にとっては、新しい技術を使いこなせるようにならなくては、置き去りにされる危険もあります。新たなスキルや知識を得るためには学び直しが必要であり、リカレント教育に注目が集まっているのです。
2-2.終身雇用の揺らぎ
最近まで日本では、最初に就職した会社で定年まで働く終身雇用が当たり前だと思われてきました。しかし今では、経済事情の変化などから、終身雇用に安住してはいられない状況となり、転職する人が増えたり、有期雇用の従業員が増えたりしています。企業側にも、早期退職を募る例がみられます。
雇用の流動化が進む中では、どこの会社に就職するかよりも、何の仕事をするかのほうが重要になりました。1社に在籍する期間が短くなっていることで、社内教育だけでは必要な知識を習得できなくなっています。そこで、実務で必要な知識やスキルを獲得する手段の一つとして、リカレント教育が脚光を浴びるようになりました。
大企業に就職してしまえば安泰という、「寄らば大樹」の発想ではやっていけない厳しい時代ですが、考えようによっては、会社に縛られず、キャリアアップできる可能性が広がる時代になったともいえるでしょう。企業にとっても、優秀な人材がキャリアアップを目的に転職してしまうのを防ぐため、自社内に学びの場を設けて知識やスキルを向上させる機会を与える必要が出てきています。
2-3.人生100年時代の到来
日本人の平均寿命は延び続けており、「人生100年時代」という言葉が躍るようになっています。従来であれば、企業を定年退職した後はのんびり隠居暮らしを楽しむことも可能でしたが、人生100年時代を想定すると、生活のために長く働く必要が出てくると考えられます。
生活のためだけでなく、人生を充実させるために働き続けたいという人も増えるでしょう。仕事をする期間の長期化にともなって、時代にマッチした知識や技能を、何歳になっても学び直せるリカレント教育の仕組みが必要となっています。
2-4.ライフステージの変化
日本人のライフステージはこれまで、「教育」「仕事」「引退後」の3つで構成されていることが一般的でした。教育、仕事、引退後はそれぞれ重なり合わず、各段階が時の流れに合わせて接続するため「単線型」といわれています。
最近の日本社会は少子化と高齢化がダブルで到来していることから、生涯現役を見据えたライフスタイルへの変化が求められています。単線型から、「教育」「仕事」「学び直し」「仕事」……といった段階を繰り返す「マルチステージ型」への転換は、時代の要請ともいえるでしょう。そのため、リカレント教育の重要性が認識されているのです。
3.リカレント教育のメリット
技術の進展や終身雇用制度の揺らぎ、人口の高齢化などにより注目を集めているリカレント教育のメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。この項では、リカレント教育のメリットについて、従業員の視点と企業の視点をあわせて4点にまとめて解説します。
3-1.世界で活躍する人材を目指せる
将来のキャリアアップを目指すビジネスパーソンの中には、日本を飛び出して世界を舞台に活躍したいと考えている人もいるのではないでしょうか。海外で働くには英語を話すことが必要と考えがちですが、英語が話せる人は他にも多くいるため、それだけでは優位性を持てません。
他国の優秀な人材と競い合い、世界で活躍する人材となるためには、英語はもちろんのこと、高度な知識やスキルを持ち合わせていることは条件でしょう。リカレント教育による学び直しが必要となるのはそのためです。
企業にとっても、多様で高度なスキルを持つ人材を多く抱えることは、海外市場での競争力を高めることになります。成功事例を積み重ね、リカレント教育の重要性が広く浸透するようになれば、さらに高度なスキルを獲得する人材が増えることも期待できるでしょう。
3-2.従業員の成長を促進できる
社会人になると日々の仕事に追われ、自ら新たに何かを学ぶことは先送りになってしまいがちです。リカレント教育の仕組みを利用すれば、仕事と新しい知識やスキルの習得が両立できます。
時代に合った知識とスキルを手にすることで、より高度な仕事へのチャレンジも可能となり、日々の業務においても効率を上げることができるでしょう。ハイレベルな仕事に取り組み、高収入が得ることができる職場への転職も視野に入ってきます。
企業側から見れば、高まった知識やスキルを生かせるポジションがない場合、優秀な人材を流出させてしまうことにつながりかねません。人材流出を防ぐには、レベルの高い人材が活躍できる場を用意したり、適切に評価したりすることが必要です。
新規事業の立ち上げやビジネス上のブレイクスルーを起こすには、新しい知識やスキルが不可欠です。リカレント教育により従業員のスキルを伸ばせれば、ビジネスの幅が広がり、結果として自社全体の業績向上にもつながる期待が持てます。
3-3.従業員のモチベーションが上がる
企業がリカレント教育により従業員の学び直しをバックアップする姿勢を示すことで、従業員のモチベーション向上につながります。「この企業に在籍していれば成長できる」と実感できれば、従業員のエンゲージメント(企業への愛着心)も高まるでしょう。
スキルの上昇により高度化した人材は、より良い働き場所を求めて転職してしまう懸念もあります。しかし、教育の機会を与えてくれる、自身を成長させられる企業であるとの評判が高まれば、外部から優秀な人材を調達できる可能性も高まり、業績アップにも結びつくことが期待できます。
3-4.業務効率が向上する
近年、AI(人工知能)やビッグデータ解析などのデジタル技術を用いて、ビジネス全般の従来型の手法を変える、DX(デジタルトランスフォーメーション)の動きが急激に進んでいます。技術革新を利用して業務効率を向上するためには、リカレント教育により従業員にデジタルスキルを習得させることが必要です。
従業員一人ひとりが最新の知識と技術を活用できるようになることで、自ずと業務の効率化も図れます。成果が効率よく出せるような職場環境になれば、従業員にとっては働きやすくやりがいのある職場といえるでしょう。結果として、人材の定着率が上がるなどの副次的な効果も見込めます。
4.リカレント教育のデメリット
リカレント教育の実施により、従業員の成長が促進され、モチベーションも向上して、業務効率や生産性にも好影響が出るなど、多くのメリットがあるとわかりました。そのようなリカレント教育にも、デメリットがないわけではありません。費用や環境整備への負担が代表的なものです。この項では、リカレント教育のデメリットに目を向けて説明しています。
4-1.費用の負担がかかる
リカレント教育にかかるコストは、何をどのように学ぶかによって変わりますが、一定の費用負担がかかると考えておくほうがよいでしょう。大学での学び直しなら入学金だけで数万円から数十万円、授業料が年間数十万円から百万円以上かかります。通信講座でも数万円はかかるとみられ、学習期間によってもコストは変化します。
従業員にリカレント教育を受けさせようとする企業は、費用補助などを検討するとよいでしょう。リカレント教育を受けたい従業員の側は、費用感やサポートがどの程度あるかなどを比較考量したうえで、どこで何を学ぶかを決めることが重要です。
4-2.必ずしも学びたいことが学べるとは限らない
注目を集めているリカレント教育ですが、まだ多くの企業に普及しているとはいえない段階です。導入している企業でも、受けられるカリキュラムは少なく、それぞれの従業員に合わせて学びたいことが学べる環境が用意されるには至っていません。
今後は教育の拡充が期待されるものの、現時点では学びたいことに関連する講座が見つからないなどの事態も考えられます。
4-3.大学の卒業生しか受けられないことがある
リカレント教育の拡大に向けた課題として、大学で提供されるリカレント教育の対象者が卒業生に限られている場合があるという点が挙げられます。
リカレント教育という言葉が認知され、関心も高まるにつれて、各大学でリカレント教育向けの講座を用意する事例が増えています。しかし、その講座が一般に公開されるものではなく、限られた一部の人だけしか受講できない可能性があることは、リカレント教育の浸透を阻害する要因といえるでしょう。
4-4.教育環境やシステムの整備が必要となる
企業がリカレント教育を採り入れるには、充実した教育環境やシステムの整備が必要です。個人に合わせたスキルアップを実現するため、従業員のニーズに沿った学習の場を準備することが重要です。
従業員がリカレント教育の成果を発揮し、慣れ親しんだ職場で長く働くためには、企業側が教育のための休職やフレックスタイムなどの制度を整備しなければなりません。企業には、リカレント教育のための使いやすい休職制度や、新しい知識やスキルを生かせる復職の選択肢があることなどが求められます。
5.リカレント教育で学ぶことができる内容
働きながら学ぶことも多い社会人は、学習に割ける時間に限りがあることが多いものです。ビジネスに活用できる内容に焦点を合わせてリカレント教育を受けることで、効率的な学習ができます。ここでは、社会人の学び直しの具体例として3点をご紹介します。
5-1.プログラミングなどのデジタル技術
2021年9月にデジタル庁を立ち上げるなど、国を挙げてのDX化の推進もあって、高度なデジタルスキルを持つ人材の需要は高まる一方ですが、対応できる人材はまだ不足しているのが実情です。プログラミングのスキルを必要とする仕事は、パソコンさえあれば場所を問わずに働けることも多く、ライフステージの変化に合わせてプログラミングを学び始める人も少なくありません。
80歳を過ぎてからiPhone用のゲームアプリを開発し、米アップル社のイベントで「最高齢の開発者」と紹介された若宮正子さんのような例もあります。プログラミングなどのデジタル技術を身につけることで、多様な働き方を見つけ、新たなキャリア形成ができる可能性も高まるでしょう。
参照元:デジタル庁「デジタル庁設立1年の活動報告」
参照元:首相官邸「シニア世代をICTの世界に導く、80代のゲームアプリ開発者(2018年春夏号)」
5-2.英語などの外国語
ダイバーシティ(多様性)が重視される時代となり、国籍や性別、年代などにとらわれずに活動を広げていく企業が増えていくと予想されます。グローバル化の進展とともに、実質的な世界共通言語である英語の重要性は高まるでしょう。
英語に限らず、外国語を使いこなせるようになることで、さまざまな人とのコミュニケーションができるようになり、新たな仕事の領域を切り開くことも可能になるでしょう。SNSなどのツールを使えば、海外とも簡単にやり取りできるようになっています。英語をはじめとする外国語は、輸出入関連企業や外国人の顧客を持つサービス業など幅広い職種で応用できるスキルです。
5-3.MBA(経営学修士)
MBAは、経営管理の専門家を養成する教育機関であるビジネススクール(経営大学院)の修士課程修了を示す学位のことです。経営戦略や市場分析、会計など、経営全般の知識を体系的に学びながら、ビジネスでの実戦に即した課題解決力や思考力を習得します。
近年では、企業内のリーダー育成の必須要素と考えられるようになっており、その内容を積極的に採り入れる企業が増えています。
6.リカレント教育の支援制度
前述したとおり、リカレント教育には一定以上の費用がかかることを覚悟しなければなりません。リカレント教育の重要性にかんがみ、国の支援制度が用意されています。支援の内容は、学び直しの経済的支援を行う給付金制度と、今後のキャリア形成の相談を行うキャリアコンサルティングに大別されます。
6-1.教育訓練給付金
働く人の能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を目的とした給付金制度です。厚生労働省が指定した教育機関を受講し、修了した場合に費用の一部が支給されます。利用するためには、雇用保険への加入などの条件があります。対象となる講座数は非常に多いので、受講したい講座がある場合は給付金の対象かどうか調べてみるとよいでしょう。
給付金の対象となる教育訓練は、レベルに応じて以下の3種類があります。
専門実践教育訓練は、中長期的キャリア形成に資する講座などが対象で、受講費用の50%(年間上限40万円)が訓練受講中6ヵ月ごとに支給されるものです。資格取得をするなどしたうえで、修了後1年以内に就職した場合は受講費用の20%(年間上限16万円)が追加で支給されます。
特定一般教育訓練は、速やかな再就職と早期のキャリア形成に資する講座などが対象です。受講費用の40%(上限20万円)が訓練修了後に支給されます。一般教育訓練は上位2種の教育訓練対象以外の講座などで、訓練修了後の支給額は受講費用の20%(上限10万円)です。
参照元:厚生労働省「教育訓練給付制度」
6-2.高等職業訓練促進給付金
ひとり親家庭の親の経済的な自立を支援するための給付金です。国と自治体が協力して就業を支援する仕組みで、看護師や介護福祉士などの国家資格やデジタル分野などの民間資格の取得を目的に教育を受ける場合に、一定額の支給が受けられます。
養成機関のカリキュラムが1年以上にわたり、資格取得の見込みであることなどが条件です。居住地の都道府県、市区町村で相談を受け付けています。
参照元:厚生労働省「母子家庭自立支援給付金及び父子家庭自立支援給付金事業の実施について」
6-3.公的職業訓練(ハロートレーニング)
ハロートレーニングは、希望する仕事に就くために必要なスキルや知識などを無料で習得できる職業訓練制度です。雇用保険の対象となっていなくても、一定の条件のもとで、月額10万円の支給を受けながら訓練を受けられます。
新型コロナウイルスの影響で休業やシフト減となった方も、働きながら訓練を受けられます。離職者向け、在職者向け、学卒者向け、障害者向けの4ラインがあり、受講を希望する場合は、ハローワークに問い合わせてください。
参照元:厚生労働省「ハロートレーニング(公共職業訓練・求職者支援訓練)の全体像」
6-4.キャリアコンサルティング
今後のキャリアなどについて、キャリア形成サポートセンターでキャリアコンサルタントに無料で相談できる制度です。在職者が対象で、オンラインによる相談もできます。オンラインなら24時間申し込み可能です。
同センターによるキャリアコンサルティングは、以下のような支援が目的です。
- 職場定着やキャリアアップに向けた支援
- 自己理解・仕事理解を深める相談支援
- キャリア・プランの作成支援
同センターでは、キャリアコンサルティングを受けることで、「これから開発、向上させていくべき職業能力が明確になる」「将来の見通しを立てることができ、今何をすべきかが明確になる」などの効果が期待できるとしています。
参照元:キャリア形成サポートセンター
7.リカレント教育の重要性は高まるばかり
技術や社会を取り巻く環境が激変する現代にあって、社会人の学び直しは不可欠になったといえるでしょう。仕事と学びの往復により、知識や技能を時代にマッチしたものにブラッシュアップさせるリカレント教育の重要性は、今後も高まる一方だと考えられます。企業も個人も、リカレント教育を活用して業績向上やスキルアップを目指す時代になっています。