人材を中途採用する際に、面接ではわかりにくい性格や仕事ぶりなどを前職の関係者から聞き取る「リファレンスチェック」という手法があります。本記事ではリファレンスチェックの概要や目的、具体的な方法から注意点まで、幅広くまとめて解説しています。
1.リファレンスチェックとは
リファレンスチェック(Reference Check)を直訳すると、「身元照会」「経歴照会」といった意味になります。人事用語のリファレンスチェックは、中途採用の応募者について、以前の仕事で関係のあった人に能力や性格、働きぶりなどを聞くことです。一般的には、応募者をよく知る元上司、元同僚、元部下から2人以上から聞き取りを行います。複数から聞き取りを行うのは、正確性を担保するためです。
仕事で関係していた元上司や同僚などに直接尋ねることで、人物像や詳細な仕事内容など、面接ではわかりにくい応募者の真の姿が明らかになります。採用する企業側には、応募者が自社になじめるか、必要とするスキルを備えているかなど、さまざまな懸念点があるものです。リファレンスチェックが、採用に際しての判断材料を増やし、懸念を軽減してくれます。
リファレンスチェックは主に電話かメールで行われますが、面接や書面で行われることもあります。採用活動をしている企業が直接チェックする場合と、外部業者を使う場合があります。外資系企業では以前からリファレンスチェックが採用されていました。日本企業でも最近は採り入れるところが増えているようです。
リファレンスチェックの対象者は、自社で探す場合と、応募者に提案してもらう場合があります。身元確認というよりは、職務経歴書に誤りがないかや、応募者のビジネス上の能力を確認しておく意味合いが強い手順です。リファレンスチェックの結果で、採用内定が取り消される例はまれですが、過去に不祥事を起こしていたことが判明した場合などは、内定取消もあり得ます。
リファレンスチェックは応募者に無断で行うものではありません。事前に応募者に目的を伝え、了承を得てから実施されます。リファレンスチェックでは、応募者の個人情報にふれることになります。応募者の同意がないままリファレンスチェックを行うと、個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)に抵触する恐れがあるので、注意が必要です。
参照元:個人情報保護法第27条(第三者提供の制限)
1-1.前職調査との違い
リファレンスチェックと似た内容の調査に「前職調査」があります。リファレンスチェックが職務遂行能力や人間性などを調べるのに対し、前職調査は経歴に偽りがないか、金銭トラブルや不祥事に関与していないかなどを問うのが中心です。
以前は応募者の前職の会社に、直接問い合わせを行っていました。個人情報保護法の施行後は個人情報の入手が難しくなったため、前職調査はあまり行われなくなっています。
1-2.リファレンスチェックの質問内容
リファレンスチェックは、第三者の視点で応募者の能力や仕事ぶりなどを確認するのが目的です。基本的な質問内容は以下のようになります。
- 応募者との関係性
- 応募者と仕事をした期間
- 応募者の担当部署や具体的な仕事内容
- 応募者の働きぶり
- 応募者の人物像、長所や短所など
- 応募者と再び働きたいと思うかどうか
応募者の勤務状況については、「勤務期間はいつからいつまででしたか」「役職や仕事内容はこのとおりで間違いないですか」といった問いかけを行います。人物像については、「ひとことで言うとどんな人物ですか」「上司との折り合いは悪くなかったですか」などの質問を行うことが多いようです。
応募者のスキルに関する質問は、「主な実績にはどのようなものがありますか」「トラブル時の対応はどうでしたか」といったものになります。リファレンスチェックに応じ
てくれる前職の関係者も、業務の合間に対応してくれることが多く、あまり時間をかけることはできません。簡潔な質問で、必要な情報をできるだけ多く取ることができるよう、準備が必要です。
状況によっては、さらに質問を追加することもあります。以前のことを尋ねるため、リファレンス先には事前に調査項目を通知しておくと、正確な調査につながるでしょう。
2.リファレンスチェックの目的
リファレンスチェックは社外の人に根回ししたり、外部業者に依頼したりする必要があり、手間や費用のかかる手法です。中途採用を実施する企業が、わざわざリファレンスチェックを行うには、それなりの理由があります。
この項では、リファレンスチェックの目的について、以下の4点にまとめています。
2-1.ミスマッチの防止
リファレンスチェックを行うことによって、応募者の前職での働きぶりや、どのようなスキルを持っているのかが、高い精度でわかります。採用する企業側とすれば、自社にマッチする人材なのかどうかが、しっかり確認できます。
応募者の人間関係の築き方や、前職の上司や部下とのかかわり方がわかれば、どのような人と仕事をさせればよいかが浮き彫りになり、最適な人事配置に結びつくでしょう。
2-2.書類・面接でわからない部分の確認
応募者に悪意はなくても、提出書類には都合の悪いことは書かないなどのケースは考えられます。リファレンスチェックを実施することで、応募者が書類に書きにくかったり、面接では話しにくかったりする内容について、第三者から確認できるのは大きなメリットです。
面接では自分をよく見せようとして、応募者が本当の思いを語らないことも少なくありません。リファレンスチェックを行えば、応募者の真の姿に気付くことができ、ミスマッチを防げる可能性もあります。
2-3.公正な選考の実施
リファレンスチェックでは、応募者が送った履歴書や職務経歴書に偽りや誇張がないかを調べます。短時間の面接では、応募書類に偽りの記載があっても、見抜くのは難しいものです。書類に虚偽記載があっては、公正な選考は行えません。
リファレンスチェックによって、書類に書かれていることの真正性を確認することは、公正な選考の実施につながります。
2-4.信頼関係の構築
前項とも関連しますが、リファレンスチェックによって応募書類に虚偽や不正のないことが確認できれば、企業と応募者の間に信頼関係が構築できます。リファレンスチェックでは第三者によって応募書類に偽りがないことを裏付けられるため、企業にとっての安心感は高くなるでしょう。リファレンスチェックは、チェックといってもあら探しばかりが目的ではなく、応募者との信頼関係を作る役割も兼ね備えています。
3.リファレンスチェックの方法
リファレンスチェックでは、応募者の前職での上司や同僚などを対象に調査を行います。では、具体的にはどのようにチェックを行っているのでしょうか。
ここではリファレンスチェックの方法について、電話、メール、外部業者などを利用する場合に分けてご紹介します。
3-1.採用候補者の推薦者に電話で依頼する
中途採用を行う企業が直接、リファレンスチェックを行う場合、応募者から依頼を受けた推薦者である以前の職場の上司や同僚に、電話で依頼する場合が多いでしょう。ただし、この場合は本人確認が難しく、なりすましを防ぐのが困難だという問題があります。
応募者の心がけとしては、リファレンスチェックでよくされる質問事項を推薦者と共有しておくことが大事です。何も伝えていないと、推薦者は何をどこまで話してよいかわからず、回答に窮してしまう可能性があります。
3-2.採用候補者の推薦者にメールで依頼する
中途採用を行う企業が直接リファレンスチェックを行うケースでは、メールを利用することも増えています。
なりすまし防止策として、本人確認書類を推薦者から送ってもらうことが考えられますが、メールの送受信システムの安全性を担保できない限り、個人情報を含む重要書類の送付を依頼するのは困難です。メールで依頼を行うには、セキュアな通信環境の確保が必要条件となります。
3-3.リファレンスチェック専門サービスを利用する
リファレンスチェック専門サービスを利用することも、選択肢としてはあります。その場合、採用候補者の推薦者に、同サービスへの登録をしてもらわなくてはなりません。「eKYC(イーケイワイシー)」という本人確認機能を搭載しているサービスであれば、安全性を担保した本人確認が可能です。
eKYCは、オンラインで本人確認を完結するための技術で、「electronic Know Your Customer」の略称です。eKYCには、以下の2つのタイプがあります。
セルフィーアップロード型は、本人の写真(セルフィー)と運転免許証などの証明書をスマートフォンで撮影、送信することで人物の同一性を確認します。フェデレーション型は、金融機関などで過去に本人確認された情報を、指定する事業者に提供します。
3-4.調査会社(第三者機関)に依頼する
リファレンスチェックを第三者機関に依頼する場合、調査会社を使うのが一般的です。調査会社は、個人の依頼に基づく私的な調査を扱う興信所や探偵とは異なります。調査会社によるリファレンスチェックは、応募者の同意の上で実施されます。
手軽さやスピードなどで劣ることはありますが、プロの調査員が質問することによって、応募者の本音を引き出せる可能性が高まる点がメリットです。
4.リファレンスチェックの流れ
リファレンスチェックは自社内で完結するものではなく、社外の第三者との調整など、入念な準備作業が必要です。時間的な余裕も見ておかなくてはなりません。リファレンスチェックのやり方は、企業によってさまざまです。
ここでは、リファレンスチェックの一般的な流れについて説明していきます。
4-1.リファレンスチェック実施の説明をする
まずは人事部員など採用担当者から、応募者に対してリファレンスチェックを行う旨の説明をします。必ず応募者から合意を取り、合意を得たことを書面で記録してください。応募者から合意を得る内容は、以下のとおりです。
- リファレンスチェックの実施
- 関係者から応募者の情報を聞く
- 応募者から前職の上司などにリファレンスチェックへの対応を依頼し回答の同意を得る
4-2.リファレンス回答者の連絡先を教えてもらう
応募者がリファレンス回答者を紹介する場合、応募者から推薦者に、事前にリファレンスチェックへの回答を依頼してもらいます。リファレンス回答者が決まったら、電話番号やメールアドレスなどの連絡先を教えてもらい、共有します。
なりすましを防止する観点から、連絡は会社にすることとし、名刺をもらっておくとよいでしょう。
4-3.リファレンス回答者に連絡をし日程調整をする
リファレンスチェックは多くの質問をすることから、ある程度の時間を必要とします。リファレンス回答者も仕事をしており、業務の合間に対応してくれることが通例なため、時間は長くても30分程度にとどめましょう。リファレンス回答者の都合を踏まえて、無理なく回答してもらえる日程を調整します。
リファレンス回答者の希望や都合によっては、ビデオチャットなどを利用することもあります。質問項目を事前に送付するなどの配慮があると、リファレンスチェックがスムーズに進むでしょう。
4-4.質問を決める
リファレンスチェックの実施日までに、企業側の目的に合わせて、質問項目を決めていきます。リファレンス回答者が元上司なのか元部下なのかでは、質問も変わります。リファレンス回答者のポジションに合わせた質問を作ることも重要です。
応募者ごとに、企業側で確認したい項目は変わるのが普通です。一律に同じ質問項目を用意するのではなく、応募者やリファレンス先に合わせて、質問をその都度作るようにしたほうがよいでしょう。
4-5.リファレンスチェックを実施する
リファレンスチェックを実施中に、予定にない質問を追加して、時間が長引いてしまうことのないように、企業側は「どのようなことを知りたいか」を明確にしておきましょう。会話の流れで話が広がったり、深掘りした質問をしたくなったりすることも想定して、時間設定をします。
応募者は、在職中の企業には転職活動中であることを明かしていない場合がほとんどです。電話連絡の際は、企業名を伏せて行うほうが望ましいでしょう。
4-6.レポートにまとめる
リファレンスチェックがすべて終了したら、最後に、聞き取った内容をレポートにまとめます。レポートに盛り込む項目は、以下のようなものです。
- リファレンス回答者
- 質問内容
- 回答内容
- 採用担当者の総評
作成したレポートは、人事部員など採用にかかわる人たちの間でのみ共有し、応募者の採否を判断するための資料として役立てます。
5.リファレンスチェックの注意点
リファレンスチェックを行う際には、応募者の個人情報など、機微な情報にふれることになります。リファレンスチェックそのものを禁止する法律はありませんが、実施に当たっては注意点がいくつかあります。
ここでは、リファレンスチェックの注意点をまとめました。
5-1.必ず求職者の承諾を得る
リファレンスチェックを実施するに当たり、応募者の同意を得ることは必須の条件です。個人情報保護法は、個人データについて第三者提供の制限規定(第27条)を設けています。同法の規定により、応募者本人の同意なしに、前職の企業が個人データを第三者に提供することはできません。
高いコンプライアンス意識を持っている企業であれば、応募者の同意なしにリファレンスチェックに応じてくれるとは考えにくいでしょう。前職の上司や同僚などからリファレンスチェックを行うには、応募者の同意を得て、法に触れる懸念のない状態とすることが重要です。
参照元:個人情報保護法第27条(第三者提供の制限)
5-2.リファレンス先から拒否された場合を想定しておく
業務が多忙であるなどの理由で、依頼したリファレンス回答者から、リファレンスチェックを断られる場合もないとは言えません。そのようなときは、別の上司や同僚、部下らにリファレンスチェックを依頼し直すことになります。回答を拒否される事態も想定して、事前に応募者から、複数のリファレンス回答者候補を紹介しておいてもらいましょう。
ビデオチャットなどで実施する場合には、時間や手間がかかることから、リファレンス回答者に対応してもらえないことがあります。先方の負担が少ないオンラインでのアンケートなどを提供するサービスもあるので、柔軟な切り替えができるようにしておくのも一案です。
5-3.リファレンスチェック後の不採用は慎重に判断する
リファレンスチェックの結果だけで、応募者の内定を覆すケースはあまりありませんが、重大な不祥事に関連していたことが発覚した場合などは、内定の取り消しという判断もあり得ます。内定取り消しで注意が必要なのは、内定を出した時点で労働契約が成立したとみなされる点です。
過去の判例などから、内定は一般的に「始期付解約権留保付労働契約」とされています。労働契約の始まる期日が決まっていて、企業が一定の範囲で解約権を行使できる契約という意味です。解約権を行使できるといっても、そこには厳しい制限があります。仮に経歴詐称があったとしても、それだけで内定取り消しが認められるとは限りません。
内定の成立により労働契約が成立したと認められる場合、労働基準法をはじめとした各種労働法制の適用を受けます。企業による内定取り消しは解雇に当たり、以下のような事情がなければ、内定取り消しは無効です。
- 採用内定の取消事由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実である場合
- この事実を理由として採用内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、解雇として客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合
リファレンスチェックの結果を受けて、内定取り消しをしようとする場合は、「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる」だけの理由が必要です。合理的であるか、社会通念上相当であるかといった判断には、法律専門家による慎重な検討を要します。
内定を出す前であっても、リファレンスチェックで個人情報を提供された後に不採用とする事例が重なると、企業のイメージダウンにつながる可能性があります。リファレンスチェックは、面接などによる見極めで採用の見込みが高い場合に、評価を深掘りしたり、採用後の人材活用方針の参考にしたりするために行うといった意識で臨むのがよいでしょう。
参照元:労働契約法第16条(解雇)
5-4.リファレンスチェックの結果だけを鵜呑みにしない
応募者が推薦してくるリファレンスチェックの回答者は、応募者と近い関係にあって、良い回答をしてくれる人を選んでいる可能性があります。回答者は純然たる第三者として、応募者の良い面も悪い面も、包み隠さず明らかにしてくれるとは限りません。そのため、リファレンスチェックで得た回答を鵜呑みにして、採否の判断をするのは危険を伴います。
リファレンスチェックは採用を決める決定的な要素というよりも、面接での評価を補強したり、応募者の強みと感じられた点を確認したりするのに使う方がおすすめです。
5-5.個人情報保護法に抵触しないように注意する
前述しているとおり、リファレンスチェックを軽率に実施すると、個人情報保護法に抵触する可能性があります。同法第2条3項に規定される「要配慮個人情報」の取り扱いには、とくに注意が必要です。要配慮個人情報とは、以下の6項目のほか、差別や偏見といった不利益を生じないよう特別な配慮が必要な個人情報をいいます。
- 人種
- 信条
- 社会的身分
- 病歴
- 犯罪の経歴
- 犯罪により害を被った事実
応募者の情報だけでなく、リファレンスチェック回答者に関する情報も、同法第2条2項の「個人識別情報」に該当する可能性があります。回答者の情報についても、同法が適用されるかどうか注意が必要です。
参照元:個人情報保護法第2条2項、第2条3項
6.リファレンスチェックの活用でwin-winの採用を目指そう
中途、新卒を問わず、採用に当たって企業の人事担当者が頭を悩ますのがミスマッチの問題です。とりわけ中途採用は、即戦力を期待されるだけに、ミスマッチで早期離職となっては、企業の受けるダメージも大きくなります。
リファレンスチェックを実施すれば、第三者の視点で応募者のスキルや人柄などが確認でき、ミスマッチの可能性も減ることが期待されます。リファレンスチェックを活用して、企業と応募者がwin-winとなれる採用を目指しましょう。