正社員の離職防止や、満足度の向上を目的とした福利厚生の導入を行っている企業は多いですが、正社員と同等の福利厚生をアルバイトやパート社員に対して適用している企業は多くありません。
しかし、アルバイトやパート社員の福利厚生を充実させれば、多くの企業で課題となっている人手不足の解消や、従業員のモチベーションが上がることによる生産性の向上など、企業にとってさまざまなメリットがあります。
本記事では福利厚生の概要の説明から、アルバイトやパート社員の福利厚生の適用条件や導入における企業側のメリット、社員に喜ばれる福利厚生の具体例をご紹介します。
1.そもそも福利厚生とは
福利厚生とは、企業が従業員やその家族に対して提供する福利措置や手当のことを指し、給与や賞与以外に支払われる手当や、会社が与える特別休暇などのことです。
福利厚生を充実させれば従業員満足度の向上や人材確保が期待でき、離職率の低減や従業員のパフォーマンス向上、企業の業績アップといったメリットにつながります。
1-1.法定福利厚生
法定福利厚生とは、労働基準法や社会保障法などの法律に基づいて、企業が従業員に提供する義務がある福利厚生のことです。
法律によって定められた最低限の福利厚生であり、いわゆる社会保険と呼ばれるものと有給休暇があります。
主な法定福利厚生の内容は、以下のとおりです。
- 健康保険
従業員の医療費を補償するための制度であり、従業員が病気やケガをした場合に医療費の一部が補償されます。
- 厚生年金保険
労働者が高齢になった際に年金を受け取るための制度であり、雇用主と労働者が保険料を負担します。
- 雇用保険
労働者が離職した場合や失業した場合に、一時的な収入補償を受けるための制度です。雇用主と労働者が保険料を負担します。
- 労災保険
勤務中や通勤途中に発生した事故など、労働による疾病に対する保険制度です。労働者が労働によって発生した損害や障害に対して経済的な保障を提供し、適切なリハビリや医療受診を支援します。
- 有給休暇
労働者に対して雇用契約書に記載されている休日以外に、労働時間の一定割合に相当する休暇を取得する権利を与える制度です。
これらの福利厚生は、原則として企業側が必ず従業員に提供しなければならないものです。
1-2.法定外福利厚生
法定外福利厚生とは、法律で定められた範囲外で企業が従業員に提供する福利厚生を指し、企業独自で定めている制度のことです。
法定外福利厚生を導入すれば、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高められ、定着率のアップが期待できます。
一般的な法定外福利厚生の例には、以下があります。
- 健康診断費用の負担
法定の範囲を超えて、従業員の定期的な健康診断や予防接種の費用を負担する取り組みです。
- 退職金制度
従業員が退職時や定年時に受け取れる退職金制度や、企業型確定拠出年金(401k)制度を設けて、将来的に従業員が多くのお金を受け取れるようにする仕組みです。
- 子育て支援
子ども手当や出産祝い金の支給、企業内保育園の提供など、従業員が仕事と子育てを両立しやすい環境を支援します。
- 働き方の柔軟化
働く時間を柔軟に調整できるフレックスタイム制や、勤務場所を問わないリモートワークなど、従業員が働きやすい柔軟な労働環境を提供する制度です。
- 社員割引制度
自社が販売している商品や提供サービスを、定価よりも安く購入・利用ができる福利厚生です。
法定外福利厚生を手厚くすることで求人募集時の人気も高められるため、離職の防止だけでなく、人材確保の手段としても非常に有効な施策といえます。
2.アルバイト・パートにも福利厚生が適用される
アルバイトやパート社員にも、法定福利厚生は適用されます。ただし、適用されるには一定の要件があり、そちらは後述いたします。
また、法定外福利厚生は企業が自主的に導入しているものであるため、その企業ごとに適用の条件を定めているのが一般的です。
2-1.パートタイム・有期雇用労働法
パートタイム・有期雇用労働法は、パートタイム労働者や有期雇用労働者の労働条件や権利を保護し、正社員との不合理な待遇格差を是正するために作られました。
パートタイム・有期雇用労働者の雇用契約の内容に関する条件や指針が定められており、所定労働時間を超える残業をさせないように促したり、同一労働同一賃金の観点から、労働時間の差異以外に基づく賃金格差を設けることを禁止したりしています。
福利厚生にも言及されており、合理的な理由なく、正社員に適用している福利厚生をアルバイトやパートに対して適用しないのは禁止されています。
そのため、正社員に限定する合理的な理由がない手当や福利厚生施設の利用、社員割引やクーポンの提供などは、すべての従業員に適用されなければなりません。
2-2.アルバイト・パートの福利厚生に関する現状
アルバイトやパート社員と正社員の間で、不合理な待遇格差を設けるのは望ましくありませんが、福利厚生における格差は依然として埋まっていません。
厚生労働省の「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査の概況」によると、アルバイトやパート社員に福利厚生として通勤手当を支給している企業は6割以上です。
また、有期雇用の社員に絞ると慶弔休暇の実施割合が5割超、休憩室や更衣室の利用も半数以上が適用しており、これらの福利厚生は普及しているといえます。
一方で、アルバイトやパート社員に定期的な昇給を行っている企業は4割以下であり、退職金や住居手当などを支払っている企業にいたっては2割を下回っていることから、福利厚生の種類によっては、アルバイトやパート社員と正社員との差はまだまだあるといえます。
参照元:厚生労働省「パートタイム労働者、有期雇用労働者の雇用管理の改善のために」
参照元:厚生労働省「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査の概況」
3.アルバイト・パートに福利厚生が適用される条件
法律上の定めとして、アルバイトやパートであっても一定の要件を満たせば、法定福利厚生の利用が可能です。
また、同一労働同一賃金の観点から、合理的な理由なくアルバイトやパート社員に法定外福利厚生を適用しないのは望ましくありません。
ここでは主な法定福利厚生である社会保険と年次有給休暇の加入要件と、法定外福利厚生適用の考え方をご紹介します。
3-1.法定福利厚生の条件
従業員数101人以上の企業は、一定の時間以上働くアルバイトやパート社員に対して、社会保険の適用が義務付けられています。
しかし、働く社員の労働時間や労働日数に応じて適用条件が異なります。また、年次有給休暇や社会保険、さらには社会保険の種類によっても適用条件が異なるため、それぞれの適用条件を詳しく見ていきましょう。
3-1-1.所定労働時間・所定労働日数がフルタイムの4分の3以上
社会保険のうち、厚生年金と健康保険は、1週間および1か月の所定労働時間、労働日数が正規従業員の4分の3以上であれば適用されます。
また、雇用保険は1週間の労働時間が20時間以上であり、31日以上続いて雇用されることが適用条件となります。
同じ社会保険でも、適用の条件が異なる点に注意してください。
3-1-2.フルタイムの4分の3以上でなくとも適用となる場合がある
アルバイトやパートに厚生年金と健康保険が適用されるのは、労働時間がフルタイムの4分の3以上であることが基本の要件ですが、以下の条件のすべてを満たす場合にも適用されます。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8.8万円以上
- 2ヵ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
- 従業員が101人以上の事業所(※2024年10月以降は従業員が51人以上の事業所も対象)
週の所定労働時間が20時間以上というのは、雇用保険の加入条件でもあるため、これらを満たせば社会保険が適用されると考えて問題ありません。
参照元:厚生労働省「雇用保険制度」
参照元:厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」
3-2.法定外福利厚生の条件
法定外福利厚生は企業が独自に実施しているものであり、適用される基準も企業によって異なります。
そのため、パートやアルバイトに福利厚生が適用される条件は、就業規則や賃金規定などでしっかりと確認する、もしくはまだ規程がない場合は定めておきましょう。
福利厚生によって適用条件は異なりますが、たとえば週の労働時間などを基準にすれば、同一労働同一賃金の観点から待遇差を設ける合理的な説明になりえます。
また、法定外福利厚生の基準の一例として、通勤手当であれば通勤距離や交通手段などに応じて決めることも可能です。
4.アルバイト・パートに福利厚生を適用する企業側のメリット
アルバイトやパートに福利厚生を適用することで、従業員の満足度やパフォーマンスの向上、人材の獲得や定着、節税効果、企業イメージの向上など企業側に多くのメリットがあります。
ここでは、福利厚生の適用が企業にもたらすメリットについて3点解説します。
4-1.従業員の満足度が上がり生産性の向上につながる
福利厚生を提供することで従業員はモチベーションを高く働けるため、生産性とエンゲージメントの向上が期待できます。正社員だけでなくパートやアルバイトにも福利厚生を適用すれば、自身の処遇への納得感を高められるため、すべての従業員が意欲を持って働けるでしょう。
企業への満足度が高い従業員は、質の高い顧客サービスの提供も期待できるため、業績アップに寄与する可能性もあります。
また、充実した福利厚生は離職率の低下も期待できるため、新入社員の教育コスト削減の観点からも生産性の向上を見込めます。
4-2.福利厚生費として計上できる
法定外福利厚生は一定の要件を満たせば、非課税対象となる福利厚生費として計上できるため、節税効果が見込めます。
福利厚生費として計上できる条件は、下記の3点です。
- すべての従業員が利用できる
- 金額が妥当であると判断できる
- 現物支給とみなされない
これらの要件を満たせば、福利厚生費として計上ができます。たとえば、すべての従業員に対して住居手当を給与から差し引いて支給することで、その分が非課税対象になるため、企業側の保険料負担が軽減されます。
4-3.採用活動におけるアピールポイントになる
求職者は、福利厚生で志望する企業を絞り込むことも少なくありません。就職サイトや転職サイトでは、特定の福利厚生の有無で検索を行える仕組みも存在しており、福利厚生は採用力に直結するといっても過言ではないでしょう。
面接官からも、将来的に長く働ける会社であることのアピールができるため、選考が進んだ段階でも応募者への口説き文句として有効に働きます。
さらに、福利厚生が充実していれば、手当などを含めると実質的に他社よりも給与が高いと捉えられるため、応募者の志望度を高める要因にもなりえます。
また、福利厚生が充実している企業は従業員の定着率が高まるため、離職率の低いホワイト企業であるという広報活動も可能です。
5.アルバイト・パートにも喜ばれる福利厚生の例
アルバイトやパートにも喜ばれる福利厚生を導入すれば離職率の低下につながるため、採用コストや教育コストが削減できます。
ここでは福利厚生の中でも、とくにアルバイトやパートの社員に喜ばれる福利厚生の具体例をご紹介します。
5-1.正社員登用制度
正社員登用制度があれば、アルバイト・パート社員の働くモチベーションアップにつながります。将来的に正社員になれる制度があれば、従業員自身が将来的なキャリアパスを描きやすくなり、長く働いてもらいやすくなります。
また、評価に応じて正社員登用が決まるなどの頑張りを促すような制度設計を行えば、仕事に対する意欲や責任感を持つことも期待でき、長期的な人材育成が可能です。
5-2.有給休暇
アルバイトの有給休暇の付与については、以下の2つの要件が法律で定められています。
- 入社日から継続的に半年以上働くこと
- 所定労働日の8割以上の出勤を満たすこと
上記の条件を満たせば、たとえ週1日のシフトで働いていたとしても1日の有休が付与されます。
また、週に30時間以上、もしくは週に5日以上勤務するフルタイム相当のアルバイト・パート社員は、年に10日以上の有休が付与されます。これらはいわゆる法定福利厚生であるため、すべての企業が従業員に対して行わなければなりません。
さらに、有給休暇は企業独自の判断で日数を増やせるため、法定福利厚生以上の有給休暇制度を整えれば、アルバイト・パート社員にもいっそう喜ばれるでしょう。
参照元:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「リーフレットシリーズ労基法39条」
5-3.食事補助
飲食店では、休憩中に自社のメニューや余った食材で料理を作り提供する、いわゆるまかないを行うこともあります。まかないは食費が抑えられるため、アルバイトやパート社員から人気のある制度です。
求人募集時にまかない制度をアピールすれば、応募数の増加も期待できます。また、飲食店以外の企業も社員食堂の利用許可やデリバリーの費用負担などの食事補助を導入することで、社員のモチベーションのアップが可能です。
5-4.施設やサービスの割引・クーポン
自社が運営する施設やサービスを特別価格で利用できるクーポンや、自社の商品を社員割引価格で購入できる福利厚生もおすすめです。
これらは社員の満足度を高めるだけでなく、自社のサービスや商品を利用することで自社のさらなる理解にもつながるため、仕事の質を高めることも期待できます。
自社サービスの割引が困難な企業は、企業向けに福利厚生を提供している会社と契約し、従業員が特定の施設などで割引サービスやクーポンを利用できる環境を整えるとよいでしょう。
5-5.健康診断
アルバイトやパート社員に対して、企業側が健康診断を実施する義務はありません。しかしながら、働く社員が病気などで長期休業になってしまうと大きな損失につながります。
そのため、定期的に健康診断を実施して長く働いてもらう環境を整えることは、企業にとっても人材確保や安定的なサービス提供の面から見て大きなメリットです。
また、健康診断を受ける費用を会社が負担するのは、社員としても金銭的な魅力があり、なおかつ大切にされているという安心感につながるため、定着率の向上や求人募集時の応募数の増加も期待できます。
6.アルバイト・パートにも福利厚生を活用してもらおう
現在の採用市場は人手不足が続いており、定着率の向上や採用コストの削減は企業にとって大きな課題となっています。しかし、本記事で記載したような福利厚生の充実は、これらの課題の両方にアプローチができる優れた施策といえるでしょう。
正社員のみならず、アルバイトやパート社員にも福利厚生を活用してもらえば、人材の確保や生産性の向上が期待できます。そのため、法定福利厚生はもちろん法定外福利厚生も充実させて、従業員や求職者に選ばれる企業を目指してください。